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風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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歩行10日目 激痛に襲われる

2017年5月2日
ヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキング 10日目
マナン(標高3540m)にて

痛い。
なんか、すごく痛い。

目を開ける。
暗闇だ。
まだ朝は来てない。

時計を見ると、3:30。

左足の先が、めちゃくちゃ痛い。

ぐわぁ!
なにこれ?

んー。
ズキズキする。

動いたり、触れたりすると、すごく痛い。
静止してるとマシだが…。

左足の先と、足の裏。

ズンズン、ズキズキ。

真っ暗闇で、空気は冷たい。
その中で考える。

これは何だ?

凍傷か。

標高3500mを超えて酸素は薄くなり、雪が降るほど寒かった。
それで体が冷えて血流が悪くなり、心臓から遠い足先が冷えて凍傷になり、壊死しかかって痛みを発しているのではないか、と推測した。

凍傷しか、思いつかなかった。

そして、この激痛は、かなりただごとじゃなく痛かった。

それで、もう、「降りよう」と思った。

高度と冷えで凍傷を起こしているのだとしたら、降りるしかない。
高度を下げて酸素が充分あって気温の高い場所まで行けば、体温が上がって血流は良くなり、足先も元に戻るだろうと思った。

考えて、わりとすぐに決断した。

この先さらに登って5416mの峠を越えるのを目標にここまで歩いて来た。
でも、それはあきらめた。
あきらめざるをえなかった。

降りるなら早ければ早いほどいいだろう。
今から荷物を整理して、降り始めよう。

5:30に起き出す。

ベッドから足を出して、両足を床につく。
「いたッ!!」
左足の裏が痛すぎる。
足の裏を床に付けられない。
立てない。歩けない。
トイレ行けない。
ヤバいな…。
僕はそのまま、ベッドに腰掛けながら、荷物を整理した。

6:30、荷物はまとまった。
2本の杖を使い、おぼつかないながら、立ち上がる。
一歩一歩、そろりそろりと足を出し、じわじわ進む。
このホテルの3階のフロントまで行って、チェックアウトせねば…。

ん?
庭に、ムク犬が寝てる。
目が合った。
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寝ながら首だけ動かしてこっち見てる。
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のんきな犬だ…。

僕はまさしく這々の体(ほうほうのてい)でムク犬の視線の前を通過し、階段に取り付く。
階段の手すりにぶら下がるような感じで、じわじわと上がっていく。
途中、ドタバタと人が通り過ぎる。僕はなるべく普通の顔をしてやり過ごす。

3階に着き、食堂をゆっくりと突っ切って奥のフロントまで行き、支払いを済ませる。
僕は何気ない顔をし続けた。

その時点で僕は、歩いて降りよう、と思っていた。歩けないのだが。
歩くという方法しか、頭の中になかった。
だから、こんな宿の食堂あたりで弱音を吐いてる場合じゃない。
というわけで、冷や汗をかきながら普通の顔を装っていた。

だから、宿の連中は何も知らない。

また、ほうほうのていで一階まで降りた。
そして、ザックをかつぐ。
2本の杖をつき、足裏の痛みに悶絶し、大汗をかきながら、ヨタヨタと歩きだす。

バイバイ、ムク犬。

こんな状態のくせに、標高差にして2000mくらいを歩いて降りようと思っていた。何日もかけて。

僕は、登りの時ずっと、「車で行く」という方法を頭から除外していた。
それを頭に入れると、ややこしくなる。
だから「ヒマラヤは徒歩のみ」という単純なポリシーのもと、歩いていた。

ホテルの門を出て、5メートルほどだけ、頑張って歩いた。
そして、力尽きた。
もうムリと体が言った。
その時、人影が目の前に立った。
「ジープで降りれば?」とおじさんが言う。
その瞬間、僕の頭の中に「車で降りる」という概念が入ってきた。
僕はおじさんに「うん」と答えた。

おじさんは僕にいたわりの視線を向けていた。無理すんなよ、と。
だから僕も瞬間的にすんなり受け入れられたのかもしれない。

おじさんは「ベシサハールまで5000ルピー」と言った。
ベシサハールまで5000ルピー(5000円くらい)で行けるのか。
ベシサハール(標高760m)は、歩き始めた場所だ。
しかし僕は「うん」とは言わず「ピサンまで」と言った。
ピサン(標高3200m)までは、2000ルピーだという。
それで手を打った。

「ベシサハールまで」と言ってしまったら、その瞬間、そのひと言で、このトレッキングは完全に終わってしまう。
8日間かけて歩いた行程を1日で降りて、もう、おしまい。
だからその時「ベシサハールまで」とは言わず「ピサンまで」と言ったのだ。
ピサンまで降りて、様子を見ようと。

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7:40 ジープ出発。

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乗ってる間に考えて、標高3200mのピサンではなく、標高3060mのディクルポカリまで降りることにした。
ディクルポカリまでは2500ルピーだという。

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9:20 ディクルポカリ到着。

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登りの時にも立ち寄った、ホテルガンガプルナのレストランで、お茶を飲む。
テラス席で、とても日当たりがいい。

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足は痛む。

そこで日差しに温まりながら、どうするか考えた。
もう一度ほかのジープに乗ってさらに降りるか、歩いて降りるか、今日はこの宿に泊まるか。
結局、この宿に泊まることにした。

日当たりが良くて、今は暑いくらいに暖かいし、ここで温まりながらマッサージして、足湯もして温めたら、良くなるんじゃないか。

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凍っていたボカシオイル(バリ島のマッサージオイル)を日光に当てて溶かす。

左足に塗ってマッサージする。

左足首が浮腫み、ふくらんでいる。
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くるぶしの出っぱりがなくなっている。
足首もやけに太い。

午後、ずっと部屋のベッドに横たわっている。

夕方、トイレに行きたくなる。
左足を床につかず、右足だけで、ケンケンで行く。
ケンケンで行けるやん!と、発見した。
片足でも、歩ける。

ウンコをしたいのだが、ウンコ座りができない。
少し腰をかがめた中腰の、中途半端な体勢でウンコをする。
やりにくい。最後のほう、プルプルとふるえる。
左足は限界だった。
それでも、できてよかった。

食堂に行って宿のおねえさんに話し、明日、ベシサハールまで行くジープの手配を頼む。
明日、ベシサハールまで車で降りようと思う。

それから、おねえさんに自分の足の状況を説明する。
マナンで夜寝てたら足が冷えて、めちゃくちゃ痛み、歩けなくなったのだ、と。
そして、足湯をするのでお湯をちょうだい、と言った。
おねえさんは僕の容態を心配し、親身になって世話をしてくれた。

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足湯は気持ちよかった。
足首がポワッと桃色になり、血行が戻っている。足指もピコピコ動く。
気持ちはよかった。のだが、足先は相変わらず痛い。

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水筒に、熱湯を1リットル入れてもらう。
それを寝袋に入れて湯たんぽにして寝るつもりだ。

夜がやって来る。
3000m。夜。冷え込む。
大丈夫だろうか?

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その夜、日記にこう書いている。

「火の玉を燃やせ。冷たい3000mの夜だ」

そうだ。いま燃やさなくて、いつ燃やすんだ?
自分の中の火の玉を。

気持ちが状況を変える。
なら、今こそ。

全身全霊で燃えて、あったまって、ぶちあたれ。

夜の冷たさ、血の流れの悪さ、死にゆく細胞、そんな流れとは逆の回転を起こせ。

気持ちの中から、生み出せ。

心の力で行け!
火の玉になれ!

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そうして、眠りについた。

湯たんぽは機能していて、あったかい。

部屋の空気はかなり冷え込んでいる。

なかなか眠れない。

足先が痛くて、眠りづらい。

原因不明の激痛、ガタガタ強まる風の音、冷えてゆく空気、たった一人の暗闇。
オレはこの夜を越せるのか?

この夜が越せるか…。

だんだん、うつらうつらとしてきた。

その時、僕はある行動を取った。

不思議な行動を。

真っ暗闇の寒気の下、布団と寝袋にくるまった中で。

僕は、自分の作った歌、「まちあわせ」を、英訳して歌い始めたのだ。

英語がとても苦手なのに。

でも。僕は心残りだったのだ。

このまま死んだら。

ある国で、ある女性に、「歌を聞かせて」と頼まれたとき、僕ははぐらかして歌わなかった。

英語の歌詞があったら、と思った。

そんなことはすっかり忘れていたが、この瞬間ふいに出てきた。

「もう死ぬかも」となったから、初めてできたのかもしれない。
「この夜が越せるかわからない」という状況だからこそ。

きみとぼくは まちあわせて 
道なき道 あるきだした

You and me met a meeting point
we go walking no way road

…という具合に、でたらめに歌った。

いったい何なんだ。
何をやってるんだ。
この苦しい、痛い、辛い状況の中で。

何だか知らないが、そうなっていた。

そして、いつのまにか、眠っていた。




by kazeture | 2017-07-18 21:43 | ネパール2017 | Comments(3)
Commented by ゆっこ at 2017-07-19 13:10 x
相神先生のお名前と天心快操法で検索していて清火さんのブログにたどり着きました。
毎日、旅の様子を楽しみに見ております。
今、清火さんは京都にいらっしゃるとわかっているのに、思わず「足の裏、大丈夫なんだろうか!?」と心配になりながらこの記事を読みました。
また更新、楽しみにしています。

旅のお話を聞くような会などあればぜひ参加したいです。
企画などありましたら記事にしてくださいね。
英語の歌もお聴きしたいです。
Commented by kazeture at 2017-07-19 19:11
ゆっこさん
どうも〜、ありがとうございます。
かずた君のところからここに飛んで来れるのですか?
足の裏、今はもう大丈夫です。
「旅の話が聞きたい」と、ほかの人たちにも言われ、いま、お話し会を開くかもしれなくて、打ち合わせをしています。
もし決まったらお知らせしまーす。
Commented by ゆっこ at 2017-07-19 21:47 x
足の裏、もう大丈夫なのですね!よかった!
(ハラハラするドラマの結末を先に聞いた気分です(笑))

旅のお話会されるのですね!ぜひ行きたいです!
日程が合えばいいなあ・・・!
またお知らせを楽しみに待っています^^
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