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ユートピア6週間前骨折で入院していたとき8人部屋にいたのだが ある夜ヨッパライのおばさんが乱入してきた(そのときにも一度書いた)。 夜で消灯時間も過ぎ、真っ暗でシーンと静まりかえる中に突如バタバタと音がして ぼくのふたつ右のベッドのおっさんのとこに来て 「こらーっおっさん!こんなとこでなにしとるんや!」 「なにって…ほね折って入院してるんやがな」 おばさんは泥酔してる模様。おっさんの妻っぽい。 真っ暗な中、声だけがとどろきわたる。 「あ?ほね折ったくらいでなに甘えとんねん、こらーっ」 「いったー!いたたたた」 おっさんにつかみかかってるらしい。 看護婦さんが飛んできた。 「なにしてるんですか!ほね折れてるんですよ?」 「くわーっうるさい!おっさんなにごろごろ寝てんねん?!さっ帰るぞ!」 「いたいっちゅうねん!」 無理矢理連れだそうとしてる。おっさんはほねが折れたてで一番痛い時期。 看護婦さんが強制的に外におばさんを連れていった。 廊下からおばさんの叫び声が聞こえてきた。 何分かして、警察官がやってきておばさんを連れていこうとする音が聞こえた。 警察官「さっ、行くよ」 おば「あっ、迎えに来てくれたん?」 (ふたりは顔見知りらしい。よくあることなのかも) け「……。はやく。行くよ」 お「うん…行ってもいいけど…すき家に連れてってくれへん?」 病院の近くにすき家があるのだ。牛丼屋さんの。 け「……」無言で引きずってゆく。 お「すき家いこー。すき家いこー」 おばさんのルンルン♪とした楽しそうな歌うような声はエコーがかかりながらだんだん小さくなり闇の向こうに消えて行った。 すきやいこー すきやいこー… すき家に行きさえすればすべて救われる。 そんなイメージが漂っていた。 実際、そのすき家は外の世界の象徴のようにそこにあった。 病室の窓から外を眺めると、まずすき家の看板が目に入ってくる。 それからその向こうに、市役所や、中学校や、家並みや、山といった風景が展開してゆく。 外の、自由な世界との境目、接点のところにすき家があったのだ。 ベッドで身動きもできないものにとって外は憧れの地だが、その象徴のすき家はユートピア…理想郷のように光り輝いて見えた。 すきやいこー すきやいこー… さてその後退院して先日、リハビリの帰りについにそのユートピア・すき家にぼくはひとりで松葉杖で入りこんだ。 皿を割って以来初めて外食する。ウキウキ。 すきやいこー すきやいこー♪ 円卓状のカウンターになった席につくと そこにおっさんが鈴なりになっていた。 ぎゅうぎゅうづめのおっさんたち。 どのひとも暗い。死んだカニのような目。昼12時のサラリーマンたち… どよーん… うおわーうおわーどうしたおっさん?! 最近ぼくが出会う人々というと、リハビリに通う人たちだ。 リハビリな人たちには、生気がある。 生きるという方向に向かうきらめきが、多少なりともある。 そのリハビリ室からすき家に直行したら、こうなっていた。 ぼくはおろしポン酢牛丼を注文した。 持ち帰りの客も含めこみこみで、なかなかこなかった。 となりのおっさんとの距離が極度に近い。 となりのおっさんは「極貧ゆすり」をしている。 極貧ゆすりとは…?はげしい貧乏ゆすりだ! なんかストレスをかかえてるのかな。 それが、かかっている音楽と同調しはじめた!ノッてきてる。 ノリノリ極貧ゆすり! ストレスとポップミュージックの相乗効果でたいへんなことに。 ここまでおっさんを羅列され、そこに紛れ込むと、俺もおっさんにならざるをえない。 俺はおっさん! 俺もおっさん! 事実、年齢はおっさんだぜ! ウキウキ♪ 俺たちは分かちがたく結びついてる! おろしポン酢牛丼がキターーーッ! ひややっことみそしるつき。 大根おろしをかけて…さっぱりしてるなぁ。 ぼくはそれらを楽しみながら平らげ、店をあとにした。 12時のすき家カウンター席…鈴なりのどんよりおじさんが見れま〜っす。 病室から見たらユートピア。 昼12時の働くおっさんたちには…単にメシをかきこむ場所。 ふるさとは遠くで想うもの。 ユートピアは心で想うもの。 心の中にはずっと…ユートピアとしてのすき家が…。 ま、その場所がどうであれ、 松葉杖でひとりで外食できるようになってよかった。
by kazeture
| 2010-03-29 11:45
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