風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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アユタヤの暗がりから

2019年3月17日 タイ アユタヤ


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タイのアユタヤに来ている。


ひとり旅。


2年ぶりの海外。


暑い。


光が強い。


暑いのも光が強いのも、大好きだ。


僕は1997年に初めて海外旅行をして


東南アジア・東アジア10ケ国をへめぐったが、


それ以来東南アジアが大好きだ。


光が強いと暗闇も濃い。


僕はその暗闇にじっと目を凝らす。


東南アジアの暗闇に目を凝らす。


それが好きなのだ。


なぜなのか


それが何になるのか


よくわからないが


とにかくそれが僕のすることだという気がする。


僕はアユタヤの市場を歩き


影と光を行き来する。


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アユタヤの暗がりから


旅を始める。


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# by kazeture | 2019-03-17 22:47 | タイ2019 | Comments(0)

休園で うなだれる人

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奄美からわざわざ来たのに…休園だった…。

# by kazeture | 2019-02-27 17:49 | 日々 | Comments(0)

9/16 ふやよみ×清火 LIVE 「旅のつづき」at 京都 まほろば

「旅のつづき」
2017年9月16日(土)
@ 京都 まほろば 075-712-4191
出演: 清火(サヤカ)/ふやよみ(青木薫&あおきさとみ)
ゲスト:小川賀子

奄美で出会った旅人3人が
京都で再会して
旅のつづきをする…
旅のつづきの話をする…
旅のつづきの歌をうたう…

*18:00open/19:30start
*投げ銭制
*ご予約お問い合わせ
ohisama.utaoto@gmail.com(ふやよみ)

【出演者プロフィール】
清火(サヤカ) :
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京都生まれ、男。
旅人。見たことのない景色を見るのが好きで、旅をし続ける。
外国、日本、海辺、山の上のテントで眠る。
時々ギターを弾き、歌をうたい、倍音唱法ホーミーを鳴らす。
一応、京都を基地としている。
blog カゼツレ http://kazeture.exblog.jp/

ふやよみ:
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ソラネコはたさとみ(現・あおきさとみ)の新ユニット。
青木薫のギターが奏でる音のせせらぎの中で、
あおきさとみがバシャバシャ水遊び。
海、藪、蟹、プランクトン、蚊、美味しいお酒、嵐の夜。
奄美大島の暮らしの中で生まれたうたをうたっています。
ふやよみ https://m.facebook.com/fuyayomi/

小川賀子(おがわよしこ):
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ギター、ピアノ、弾き語り。
千葉県出身。大阪での独り暮らしを経て滋賀県に暮らす。
ソロ、よしこストンペアにて活動中。
きもちレコード
http://www.kimochirecord.com/

# by kazeture | 2017-09-14 18:02 | | Comments(0)

清火 旅のお話し会「見たことのない景色」

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清火 旅のお話し会「見たことのない景色」
というのを開催しますよ〜。

9/23(土)14時から
京都市左京区修学院「旅する布 yattra(ヤットラ)」にて。
投げ銭。

詳しくはこちら↓
yattraさんのブログ記事をご覧下さい。(*この記事の最後にも貼り付けました)
http://d.hatena.ne.jp/yattra/20170826/p1

yattraの純さん、薫子さんから依頼され、
「お話し会? ふぅーん。じゃ、まぁ、やってみよか」
という感じで
やってみることにしました。

僕自身の「したいこと」の中に
「お話し」というのは入ってなかった
のですが
自分の発案じゃないことを
たまにやってみるのも
面白いかもしれません。

予定外のことの中に
思いがけず
面白いことがひそんでいることも
あります。

そんな状態の僕から話を引き出すべく、
文筆家の木村賢司さんとyattraの西山純さんが
僕を突つき回す。
という手はずになっているようです。

yattraブログに載っている
イベント紹介文は
このふたりが書いてくれました。

この紹介文…自分を外側から見るの、
面白いです。
「30年」とか「112冊」とか、
数字がポイントになっているんですね。

ギター弾いて歌ったり、
写真のスライドショー見せたり、
漫画原稿や旅日記を見てもらったりも
するつもりです。

旅する布 yattra さんは
インド、ラオスなどのアジアを旅して
出会った布や雑貨を展示して販売している
京都の古いおうちで
いい感じです。

では、そういうわけで、
みなさんよろしくお願いします。


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↑この写真、2013南アルプス赤石岳ですけど、
yattraの純さんに
「これ使って〜」と送ったんですが、
ボツになってた。



一応、yattraさんのブログ記事、ここに貼り付けておきます。

↓↓↓

「まだ見たことのない景色を」
その言葉とテントを抱え、初めて外に飛び出した14歳の少年。
気づくと旅の魅力にとりつかれ、高校、大学、その後も機をみては国内外の旅へ出ました。

そして最初の旅から30年が経ち

その間、世界も自分もその周辺も時代とともに変化していきました。

観光名所を巡るものから秘境・難所を訪れる冒険のように旅のスタイルは様々ありますが、
清火(さやか)さんは緩やかに流れる風のようにふっと世界各地に出現し、あるときは人との出会いを味わい、またあるときは観察者のように町や路地をひたすらに歩きつづける、そんな旅人といえるのではないでしょうか。

想いや記録を綴った旅日記は現在112冊目。

今回は、その30年分の旅の記憶に耳を傾けます。

世界中を旅した軌跡を、美しい写真を織り交ぜながら追い、旅人の目に映る「今」を語っていただきます。

予測不可能な異国を日常として渡り歩いてきた旅人は、どんな知恵をポケットに忍ばせてきたのでしょうか。

プロフィール:
岡 清火(オカ サヤカ)
1971年 京都生まれ 男性
初めて旅した14歳の時から、30年にわたって日本・海外を旅している。海辺から山の上まで歩き回り、テントで眠るのが好き。旅の中で書き綴ってきた旅日記は、14歳のまさにその一冊目から数えて現在112冊になる。

ーーー
「見たことのない景色」 清火 旅のトークイベント

開催日時:2017年9月23日(土)14時-16時

会場:yattra(ヤットラ)
住所:京都市左京区高野泉町15
電話:080-3130-7453
E-MAIL:yattra_textile@yahoo.co.jp
web:http://yattra.squares.net
*叡山電車修学院から徒歩5分、一乗寺から徒歩8分

Charge:お志

参加お申込み:yattraのメール(yattra_textile@yahoo.co.jp)または電話080-3130-7453(yattra西山)まで、お名前、ご連絡先(電話番号等)を添えて「旅のトークイベント参加お申込み」とお伝えください。*お申込みは必須ではありませんが、スペースの都合上ある程度出席者数を把握したく考えております。できればご協力をお願いいたします。


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2012 クレタ島 ギリシャ

# by kazeture | 2017-08-30 14:57 | Comments(0)

ヒマラヤの感想

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2017年ヒマラヤ歩行の感想。

標高5416mのトロン・ラを目指して歩いてたのに3500m地点で足の激痛により歩行困難になり撤退。
というのは、
その時はかなり心がどんよりした。

どんよりしたけど、それを凌(しの)ぐ激痛が怒涛のように襲って来て、
それを乗りこなし、対処するのに必死で、
どんよりに構うヒマも無いまま、物事が進行して行った。

笑けるくらいに激痛がヒドかったし、
しかも原因が不明で、
わけのわからない世界を漂ってる。

原因不明のわけのわからない世界。
という旅先に放り込まれた。

「原因不明のわけのわからない旅先」というのは、珍しい。

僕は痛さにうめき、のたうち回りながらも、
新体験に目を凝らし、耳を澄まして、ワクワクと楽しんでいた面があった。

そして、入院。

ネパールの田舎の入院病棟にぶちこまれ、2泊3日を過ごす。

それも、僕にとっては想像もしない世界であり、
想像もしない、不意に紛れ込んだ旅先だった。

「想像もしない、不意に紛れ込んだ旅先」というのも、
これまた、めったに体験できない。

だから僕には見るもの、会う人、ほどこされる処置、話される言葉、すべてが珍しく、新しく、
またワクワクと楽しんでいた。

激痛が劇的に消えていく過程も、たいへん楽しく、幸福感に包まれ、天国に行きそうになった。

というように、
僕には激痛も入院も、
「未知なるわけのわからない想像をこえた世界という旅先」への旅となり、
そこに放り込み、ぶちこんでくれて
ありがとう。
という感じだった。

もとから失敗とか挫折という観点は、あまりない。

いつでも何が起こっても過程の中のひとつの通過点ととらえる。

今回も、計画とは違うようになったというだけのことだから、
失敗とか挫折ではなく、
むしろ、うまくいったなぁという感じである。

計画外のところ、想像外のところに、本当に体験したいことがあった。

最短距離を通り、最深部まで潜り、遺書も書き(英語の歌で)、幻覚を見て、冥界をチラリと眺め、
そしてポワッと浮上した。

というわけで、よかったよかった。

全部これでよかった。

という結末であります。

ヒマラヤまとめ、終わり。

ヒマラヤについて書くの、ひとまずここで終了します。


# by kazeture | 2017-07-23 16:24 | ネパール2017 | Comments(2)

激痛の原因について

ネパールヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキングに僕が出かけて9日目の2017年5月2日未明、標高3500m地点で突然足の先に激痛が走り、歩けなくなって車で下山し、病院で検査して2泊3日の入院治療を受け、治った。のだが、
その激痛の原因はいったい何だったのか?

病院でネパール人のドクターに検査結果を告げられた時、
「セルライト」というふうに聞こえた。

それで僕は、退院してインターネットがつながる場所で調べた時、
「セルライト」と片仮名で検索した。
「セルライト」って、ドクターが言ってたな…と。

その時もし処方箋を見て、そこに書かれていた病名「cellulitis」を、そのままアルファベット表記で検索していれば、結果は全然違っていた。けど、それを知る由もなかった。

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で、「セルライト」と片仮名で検索すると、
なんか、人間の体の中に溜まる脂肪と老廃物が一緒になってドロドロのゴテゴテになったもの。
というふうな説明がでてくる。

どうも、美容関係の用語みたいな感じで、ダイエットしたい女性が関心あるものらしい。
そんなところに僕がまぎれこんでしまい、大変戸惑った。

おかしいな…。

僕の足に、この老廃物と脂肪のゴテゴテのセルライト野郎が溜まりまくり、あんな激痛が生じてたというのか?

まず、僕の足に脂肪だの老廃物だのが、そんなに馬鹿みたいに溜まりまくってたと想像するだけでも鬱陶しい。

次に、セルライトが溜まって、激痛が生じることがあるのか?という疑問がある。

で、「セルライト 激痛」と検索すると、ダイエット女子が太もものセルライトを除去するためにマッサージでグニグニ揉まれる時、激痛が走ることはあるらしい。
だから、激痛とまったく無縁ではない。

ということで、しぶしぶ納得した。

自分の足の中に脂肪と老廃物が溜まりまくりなんて、許しがたい。のだが、しかたない。

ムカつくが、何日も何日もかけてその事実を受け入れていき、
ようやく「自分はセルライト野郎です」と思いこんで、再出発の第一歩を踏み出そうとしていたある日(6月4日)、
僕は日本に帰国して家の近くの病院に行った。

すると日本人ドクターに
「これ(cellulitis)は、セルライトではなく、セリュライティスです」
と言われた。
「へ?」
「セリュライティス」
「せ、せりゅ?らいてぃす?なんですかそれ?」
「細菌の感染ですね…」
「細菌の感染??あっ、そうなんですかっ?!」
「そうですよ。どこか、見えないくらいに小さい傷口とかから入った細菌に感染して、炎症を起こし、膿んで、膿が溜まって腫れたり痛くなったりするんです。それを、抗生物質を静脈注射することで、撃退した、と。そういうことですね。もう今は治ってますから、問題ありません」
「そうですか…」
で、日本での検査、終了。
この件に関して、終了。してしまった。

あ〜、なーんだ。
細菌の感染ね…。
膿が溜まって痛く…。
そーか。
セルライト野郎じゃなかった。

セルライト野郎としての自分を受け入れようともがいた、この3週間はナニ?

ま、いーか。

空は晴れ。

セルライト疑惑は晴れた。(自分で間違えてただけだが。)

もう治った。

よかった。

というわけで…一件落着した。

そのあと、左足首が曲がりにくいというのがあったのだが、
大分、福岡、山口、広島、岡山をめぐる旅をして、
夢中になって知らない街などを歩き回ってるうちに
いつのまにか消えていた。

もう今(2017年7月22日)は元気です。

いろいろ心配をおかけしました。

もう大丈夫です。



(*ちなみに「cellulitis」を和訳すると、
「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」または「蜂巣炎(ほうそうえん)」となるらしい)


# by kazeture | 2017-07-22 01:33 | ネパール2017 | Comments(0)

退院の日

2017年5月7日
ネパール ベシサハール

退院する日。

朝、バスーさん(宿の主人)が迎えに来てくれた。

荷物を整理し、ドクターや看護婦さんに「サンキュー」と挨拶する。
お世話になりました。

病室を出る。

ほとんど普通に歩ける。完全にではないけど。
もう杖は要らない。

受付のところで、お金を払う。

ちなみに、僕は保険に入ってない。

で、今回、診察、治療、入院(2泊3日)の費用、ぜんぶ込みで9000円くらいだった。

飲み薬の錠剤が、4種類くらい出された。

それをカバンに入れる。

バスーさんに写真を撮ってもらった。

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写真を見ると、なんかスッキリして、穏やかな顔をしているので、驚いた。 
もっとやつれてゲッソリしてるのかと思ったから。

いちばんいい顔をしている。

それを見た瞬間、

「なんか、よかったな」と思った。

激痛に襲われ、入院して、よかった。

登ってる時、僕はもっと険しい顔してた。

よかったなぁ〜。

病院、バイバイ。

病院、ありがとー!

バスーさんのバイクの後ろに乗って、軽快に走り、
トロンラ ゲストハウスに着く。

バスーさんの奥さんが「歩けてるね!よかったね〜、おかえり」と笑顔で迎えてくれる。

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(バスー夫妻)

そして、部屋を、3階の一番眺めが良くて日当たりと風通しのいい部屋に変えてもらう。

あの、独房。窓のない部屋。
3日前の、僕が出て行った時のまま、残されていた。
僕の苦しみがそのまま残っているようだ。

独房から荷物を移す。

いろんなものを洗濯し、陽に当て、風を通そう。

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明るい3階の部屋のベッドでゴロンとする。

ベランダのほうに歩いて、外を見る。ヒマラヤを見る。

うわぁー、ベッドから下りて、歩いてる!

あぁー、歩けるって、自由に動けるって、なんていいんや!!

風と光の中でウトウトと寝転び、自由に動けること、痛みが無いことの喜びをかみしめていた。



# by kazeture | 2017-07-21 12:54 | ネパール2017 | Comments(0)

入院2日目 病室での暮らし

2017年5月6日
入院2日目
ネパール ベシサハール 入院病棟にて

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ねむれた。

入院病棟のベッド、なかなか寝心地が良い。

僕の向かい側のベッドに、5歳くらいの男の子が入院している。
お母さんが泊まり込みで付き添っている。

その子が携帯電話か何かでテレビドラマのようなものを見ているのだが、
それが恐ろしげな戦闘アクションドラマなのである。
やたらと恐ろしさを掻き立てる演出をした、むかしのイクサのような、武将たちの戦いのドラマ。

僕でも恐ろしくなるような雰囲気のドラマを、5歳くらいのぐったりした病気の幼児が見ている。

病気の幼児が病室のベッドで見るのにふさわしいか?

もっとほんわかしたものを。

その時、僕の目に、何かほわほわしたものが映った。

キャラクターの顔が雲のように浮かんでグニグニ蠢(うごめ)いている。

ほわほわして、あたたかくて、カラフルで、おもしろく、笑えるような世界。

夢うつつの中で幻視した。空間にマボロシが映っていた。

それが、ないのなら、この手で作ろう。

僕は作ってみよう。

(この7・8月にカラー絵本漫画のようなものを描く予定)

8:40 バスーさんが来てくれた。

ナースが来て、「カウンターに行って」と言う。歩いて行く。

僕が歩けているのを見て、バスーさんも喜んでくれた。

おしっこの検査をする。
おしっこは「ユーリング」というようだ。

ベッドに戻る。
ドクターが来て、足をプニプニ押す。
僕は「プニるな!」とは言わない。プニプニが診察だから。
ドクターがバスーさんにネパール語で話す。
バスーさんが僕に日本語で
「明日の朝、ホテルに戻ります。それでいいですか?」と言う。
「あ、はい」
今日の夜もここか…。
一泊の予定が二泊に延びた。

まだ治療が充分ではないらしい。
僕的には「歩けるようになった」だけで、ものすごく充分なのだが…。
(まだ歩き方がギクシャクしている)

で、バスーさんが「今、何か要る?」と言うので
「ミルクティー」と答えた。
「ビスケットは?」と言うので
「じゃぁ、ビスケットも」と言った。
バスーさんは去った。
しばらくすると、ベッドに見知らぬ女性がやって来た。
ミルクティーとビスケット2袋を僕に差し出す。
バスーさんが注文して、この人が持ってきてくれたようだ。
僕が飲み終わるまで彼女は部屋の隅で待ってて、空コップを持って帰った。
きっとこの近くの商店の人なのだろう。

ドクターが来て、「Yourおしっこ、Burning!」と告げる。

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え? Myおしっこがバーニング?
もへぁ〜、おしっこが炎上してるんかいな。
「水をもっと飲んで!」と言われる。
了解でーす。

9:50 ウンコをする。
この病室の隅に、トイレ&シャワーの部屋が2つあり、片方は洋式トイレだ。
洋式、助かる…。

バナナとりんごを食べる。

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(足首のムクミがなくなってるなぁ)
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(今日も血管に液体注入されてます)

さて、この時日記に、今回のトレッキングで「何が大変だったか」について書いている。
以下、引用。

「今回、いろいろあったなァ。
『もうダメだ』と思ったのが
・1〜3日目の登り。しんどすぎ。
・マナン2日目 夜3:30 足首の痛さに叫び泣く。
・ジープ8時間ガタガタ道。
・標高下げたのに全く治らず立てず歩けず動けず。
…の4つ。しんどさ四天王。

もともと、はじめの登り8日間だけでももうバテバテで、どうしようもなかったのだ。
なのにそのあとに迫り来た苦難また苦難の連続。
いったい、こりゃ何なんだ。
精神の鍛錬にはなったよ。
苦難は精神を鍛える。
もうオレは異国で一人入院したって平気だ。
誰もオレを悪いようになどしない。」

引用終わり。

「誰もオレを悪いようになどしない」

そう、このベシサハールの病院の人々も、みんな優しかった。
僕を悪いようになどしなかった。
僕がヨタヨタしてるのを見ると、すぐ手を貸してくれた。
レントゲン室の技師や、ドクターたちも、みな率先して肩を貸してくれた。
体を使って助けることを厭わない人たち。
そして朗らかに笑う人たち。

彼らだったから、こんな異国の田舎のちび病院に一人で詰め込まれても、大丈夫だった。

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向かいの男の子の、お母さん。
いつも歌っている。子どもに向けて。
寝かしつけるように。
低く静かに歌ってる。
子守唄のように。
あれ、いいなぁ。
子どもは安心するだろう。
僕も安心する。
病室に流れる、静かな唄。

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「頭をフケだらけにして大地を疾走する
最後のトップランナー。」
何これ?(描いたけど、忘れた)
「最後のトップランナー」か…。
最後尾についていた人が、ふと気づくとトップランナーになってるような感じかな。

17:30 バスーさんが奥さんを伴って来てくれた。
ベジスープとチベタンブレッドを持って。
チベタンブレッド(美味しいと聞いていた)を初めて食べたが、ドーナツみたいで美味い。揚げてあるのか。

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バスーさんは「明日朝8時頃来るから、一緒にホテルに帰ろう」と言った。
そして奥さんと帰って行った。
ありがとう。

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そんな感じで、
入院2日目も終わってゆく。

穏やかに過ぎる。

明日はシャバに帰るぞ〜♪

# by kazeture | 2017-07-20 22:08 | ネパール2017 | Comments(0)

激痛4日目 痛みピーク、入院へ

2017年5月5日
ネパール・ベシサハールにて

一睡もできなかった。

右足先が痛すぎて、一睡もできない。
痛みが増している…。
前夜は、痛みを感じなくなる体勢をかろうじて見つけ、4時間ほど眠れた。
それが、できなくなった。
どんな体勢を取っても痛い。

これは、まずい。ヤバい。
と、思い始めた。

実際、一睡もしてなくて、体力的にもキツい。

うーん。

僕はその時、自分の状態をFacebookに投稿していた。
「凍傷だと思って、高度を下げ、足湯などで対処している」と。

すると、カナダにいる犬ゾリ師のFさんという友達が
「凍傷ではないと思います。凍傷ではない何かですので、至急医者に行ってください。私は軽度の凍傷になったことがありますが、様子が違います」とコメントしてきた。

Fさんは自転車で地球を一周した後でカナダに住み着いて犬ゾリに乗ってる、という経験豊富な人で、
その人の言葉には重みを感じた。

そうか、凍傷ではない…。
「凍傷ではない何か」
そう言われたら、そんな気がしてきた。
それで、医者に行こうと思った。

宿の主人バスーさんに言った。
「病院に行きたいんです」と。
バスーさんは数秒間考えたのち「わかりました」と言った。
そもそも、バスーさんは一番初めの段階で病院行きを勧めてくれていた。
で、バスーさんは「今日の午前中に行きましょう。私が連れて行きます」と言ってくれた。
「はい。ありがとうございます!」と僕は言った。

部屋で準備して待っていると、バスーさんが現れた。
「行きましょう」
「はい」
僕は水筒、手ぬぐい、パスポート、財布、ノートなどを入れた小さなカバンをぶら下げ、杖を一歩持って出かけた。
出かけた、と言っても、全然歩けない。
バスーさんと奥さんが両脇を支えてくれた。
で、宿の玄関から出る。
光がまぶしい。
僕がバスーさんに支えられてヨロヨロしているのを見て、
まわりのネパール人たちが近寄り、何かをワーワー言ってくる。
バスーさんが答えてる。
「病院に行くんだよ」と言ってるんだろう。
バスーさんは、自分のバイクに僕を乗せようとしていた。
バイクにまたがるのも、骨が折れる。
と、その時、立派な四輪駆動車に乗った男が「オレの車に乗れ。ポカラのでっかい病院まで連れてってやるよ」と言ってきた。
車は良いのだが、ポカラまでは行かなくていい。
すぐそこ(5分くらい)のベシサハールの病院まで、バスーさんと一緒にその車で送ってもらった。有料で。

そうやって、這々の態(ほうほうのてい)で病院に着いた。
平屋建ての小さな病院だ。
医師は2人、看護婦は4人くらい。
で、その医師2人(おっさん&若手)が全患者を診るから、「◯◯科」とかはない。
地域のおばあちゃんやら何やら、患者はけっこういる。
ベッドに寝かされる。
待っていたら、ほどなく診察が始まった。
「急患」のような扱いになっていたのかもしれない。
ドクターは「ワンピース」という漫画のTシャツを着た、めがね、もじゃもじゃ髪で色黒のネパールファンキー親父だ。
ドクターに聴診器を当てられて問診(バスーさんが通訳してくれた)される。
それから検温、心電図、レントゲン、血液検査、検尿。というふうに検査が進んだ。

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検温すると、熱があったようである。
「華氏103度」と言われた。
(あとで調べると、華氏103度は摂氏39度だった)
39度熱があったら気づきそうなものだが、僕は痛みにのたうち回っていて、それどころじゃなかったのだ。

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そして、検査結果が出た。
もじゃもじゃドクターは「セルライトだよ!」と言った。
へ?セルライト?
なにそれ?

「痛みの原因は、セルライト!!」

そして、
「インジェクショーン!!」と言って若手のイケメン医師が登場。
注射をおしりにズブリ!!と刺された。
うぎあああ!!

そうしたら…そのあと…
痛みが引いてきた。
あれっ??
と、不思議だった。
あんなに痛かったのに。
消えていく…??
奇跡のような気がした。
突然春風が吹いてきたかのような心地よさ。
ものすごく嬉しい。
しあわせって、こういうことなんだね。

痛み止めの注射。効くのですねぇ。
注射はインジェクションっていうんですねぇ。

インジェクショーン!!
(ロッキーが「エイドリアーン!!」と叫ぶ感じで叫びましょう。感極まってる表現です)

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痛みが引いた時の風景

そして、もじゃもじゃドクターは
「痛み引いてきた?」と言いながら僕の右足の土踏まずのあたりを
プニプニプニプーニ!!と突っつき、
「ふむ、プニプニしてるなぁ…!」という結論に至り、
「入院です!!」と言った。
ぽへぁ、入院かぁ。
「今すぐ入院治療します!」
ぼへぁ〜、今すぐかぁ。
「セルライト、入院治療で治るアルね。オーケーィ?」とかなんとか。
そうですか…。
たぶん一泊とのこと。
ドミトリーが一泊600円、個室が1500円ってことで、僕はドミトリーを選んだ。

そして、僕のネパール入院ライフが始まった。

「セルライトって何?」と思ったけど、この病院にはWi-Fi電波はなく、ネットで調べることはできない。
(入院中ずっとネットは無し。期せずして「隔絶」されることになった)

また、「セルライト」と告げられた時に通訳役のバスーさんはいなかったので、詳しくわからなかった。

セルライトって何だかわからないし、全般的に何がなんだかわからないけど、ゆだねるしかない。
実際、インジェクションで痛みは引いたし、治療の方向性は間違ってないってことだろう。
ただ僕がわからないだけで、わからないというのは不安はあるけど、今ここで、まかせる以外にどうしようもないのだ。

で、入院者用の大部屋に移る。車椅子に乗せられて移動。

5人部屋だった。

ほかに、子供や中学生くらいの人がベッドにいて、点滴を受けたりしている。

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ベッドに横たわり、しばらくすると、看護婦さんが来た。
そして、僕の腕の血管に針を差し込み、テープで貼り付ける。
血管に針が固定されたままになった。

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針には開閉式のフタが付いている。
そのフタを開け、注射器のようなものを装着し、液体をじわじわと僕の血管の中に入れてゆく。
気持ち悪い。
もともと平常通り動いている血管に突如何らかの液体を注入するのだから、なんか変な感じがしても仕方がないだろう。
ま、とにかく、それが治療だ。ということだ。
その注射を1日に2回打ち、飲み薬を服用。
あとは安静にしている。
それが僕のネパール入院ライフだった。

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病室の窓
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窓からの眺め
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時々もじゃ男がきて、僕の足裏をプニプニ押して行く。

バスーさんがりんご、バナナ、フルーツジュースを買って来てくれた。
これプラス水のペットボトルも枕元にあるし、完璧だ。

さらにバスーさんは18時にはダルバート(ネパール定食)も持って来てくれるという。自分の宿の台所から。
至れり尽くせりだ。

この病院では、食事は出ない。
ので、入院者にはまわりの家族などが食べ物を持って来るようだ。

バスーさんはほんとうに親切で、とても助かる。
なんか、ものを頼みやすい雰囲気がある。
僕は異国でひとりで入院してるわけだし、バスーさんのような人が付いていてくれて、ほんとうに良かった。

夕方。
足の痛みはなくなった(静止していれば)。
足指は、ピコピコ動く。
熱は引き、気分は良い。
食欲も戻った。

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バスーさんが持ってきてくれたダルバートを、おいしく食べた。

トイレに行く時、立って、歩こうとすると、まだ足裏は痛む。
それでも、歩けるようになった。

かなり、全体的に普通の状態に近づいている。
「普通の状態」のありがたみをかみしめる。

眠り…
痛みのない眠り。
が、久しぶりに訪れた。

痛みも寒さも不快感も、何もないよ。



# by kazeture | 2017-07-20 14:49 | ネパール2017 | Comments(0)

激痛3日目 独房での暮らし

2017年5月4日 
激痛3日目
ネパール・ベシサハールにて

朝、目覚める。
ということは、寝たのだな…。

右足先、くるぶしより先の部分、特に土踏まずのあたりが痛んで痛んで、どうにも寝苦しかったのだが、
いちばん痛くない体勢を発見し、それでなんとか眠ることができた。
たぶん午前3〜7時の4時間くらいは眠れたと思う。

痛みが増している。
なんで増すの?
減る予定なんですけど。
もうわけがわからない。
どうすりゃいいんだ。

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(その日のノートより)

それでも、僕はこの日の午前中はまだ、
「足湯とマッサージで治ると思う」と日記に書いている。

自分の力で、自然治癒力で、治す!
と思っていた。

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(足湯しました)

そしてこの日は一日中、朝から晩まで、独房(窓のない部屋)から出なかった。出れなかった。

立つことも、歩くことも、なかなかできず、
食堂にも行けないし、
トイレにもなかなか行けない。
行く必要のある時は、文字通り「這うようにして」トイレに行った。

這うようにして、トイレに行く。
って、なかなか、ありそうで、ない。
そういうことを体験する旅です。

バスーさんは時々様子を見に来てくれた。
「明日には、2階に移れるといいですね」と、バスーさんも、このまま回復していくことを信じてくれていた。

僕としても、ほんの少しずつでも、良くなっていると信じたかった。
けど、実際は悪くなっていってた。

初めはこの部屋で歩けたのに、歩けなくなった。
初めは立てたのに、立てなくなってしまった。

この日の午後から夕方には「這って」も行きにくくなり、
仕方ないから、オシッコはしびん代わりにペットボトルにするようになった。

なんで悪くなっていくのか。
わからないな…。
と思うばかりだった。

食欲はなかった。
でもバスーさんの宿にちょっとでも儲けが出るように、
スープや、お粥や、ラッシーを注文して食べた。

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(ベジタブル スープ)
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(バナナ粥)

部屋で、電気を消して、ベッドに座り、ボーッとしている。
ドアは施錠せず、半分くらい開いている。
通路を通る人は、中が見える。
通りながらフッと見ると、暗闇の奥から僕がボーッと見ている。
ギクッ!とするかもね。
普段はそこにいないはずの、わけのわからないものがいて、こっちを見てるわけだし。
通路は色んな人が通っていた。
注文の品を台所に届ける業者の人なども来てて、暗闇独房人(またの名を「どくぼう王」。「がんくつ王」に対抗)の僕を見てギクッとしていた。

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(その日のノートから)

この日、独房から出られず、食堂にすら行けず、外の風景を見ず、日光も見なかった。
だが、そんなことを嫌に思うヒマもなく、
ベッドで痛みにのたうち回っていた。

いったい、何なん?
何これ?
と思いながら…。

そうして、激痛3日目、トロンラゲストハウスの2日目も、暮れて行った。


# by kazeture | 2017-07-20 00:07 | ネパール2017 | Comments(0)