風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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ヒマラヤの感想

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2017年ヒマラヤ歩行の感想。

標高5416mのトロン・ラを目指して歩いてたのに3500m地点で足の激痛により歩行困難になり撤退。
というのは、
その時はかなり心がどんよりした。

どんよりしたけど、それを凌(しの)ぐ激痛が怒涛のように襲って来て、
それを乗りこなし、対処するのに必死で、
どんよりに構うヒマも無いまま、物事が進行して行った。

笑けるくらいに激痛がヒドかったし、
しかも原因が不明で、
わけのわからない世界を漂ってる。

原因不明のわけのわからない世界。
という旅先に放り込まれた。

「原因不明のわけのわからない旅先」というのは、珍しい。

僕は痛さにうめき、のたうち回りながらも、
新体験に目を凝らし、耳を澄まして、ワクワクと楽しんでいた面があった。

そして、入院。

ネパールの田舎の入院病棟にぶちこまれ、2泊3日を過ごす。

それも、僕にとっては想像もしない世界であり、
想像もしない、不意に紛れ込んだ旅先だった。

「想像もしない、不意に紛れ込んだ旅先」というのも、
これまた、めったに体験できない。

だから僕には見るもの、会う人、ほどこされる処置、話される言葉、すべてが珍しく、新しく、
またワクワクと楽しんでいた。

激痛が劇的に消えていく過程も、たいへん楽しく、幸福感に包まれ、天国に行きそうになった。

というように、
僕には激痛も入院も、
「未知なるわけのわからない想像をこえた世界という旅先」への旅となり、
そこに放り込み、ぶちこんでくれて
ありがとう。
という感じだった。

もとから失敗とか挫折という観点は、あまりない。

いつでも何が起こっても過程の中のひとつの通過点ととらえる。

今回も、計画とは違うようになったというだけのことだから、
失敗とか挫折ではなく、
むしろ、うまくいったなぁという感じである。

計画外のところ、想像外のところに、本当に体験したいことがあった。

最短距離を通り、最深部まで潜り、遺書も書き(英語の歌で)、幻覚を見て、冥界をチラリと眺め、
そしてポワッと浮上した。

というわけで、よかったよかった。

全部これでよかった。

という結末であります。

ヒマラヤまとめ、終わり。

ヒマラヤについて書くの、ひとまずここで終了します。


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by kazeture | 2017-07-23 16:24 | ネパール2017 | Comments(2)

激痛の原因について

ネパールヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキングに僕が出かけて9日目の2017年5月2日未明、標高3500m地点で突然足の先に激痛が走り、歩けなくなって車で下山し、病院で検査して2泊3日の入院治療を受け、治った。のだが、
その激痛の原因はいったい何だったのか?

病院でネパール人のドクターに検査結果を告げられた時、
「セルライト」というふうに聞こえた。

それで僕は、退院してインターネットがつながる場所で調べた時、
「セルライト」と片仮名で検索した。
「セルライト」って、ドクターが言ってたな…と。

その時もし処方箋を見て、そこに書かれていた病名「cellulitis」を、そのままアルファベット表記で検索していれば、結果は全然違っていた。けど、それを知る由もなかった。

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で、「セルライト」と片仮名で検索すると、
なんか、人間の体の中に溜まる脂肪と老廃物が一緒になってドロドロのゴテゴテになったもの。
というふうな説明がでてくる。

どうも、美容関係の用語みたいな感じで、ダイエットしたい女性が関心あるものらしい。
そんなところに僕がまぎれこんでしまい、大変戸惑った。

おかしいな…。

僕の足に、この老廃物と脂肪のゴテゴテのセルライト野郎が溜まりまくり、あんな激痛が生じてたというのか?

まず、僕の足に脂肪だの老廃物だのが、そんなに馬鹿みたいに溜まりまくってたと想像するだけでも鬱陶しい。

次に、セルライトが溜まって、激痛が生じることがあるのか?という疑問がある。

で、「セルライト 激痛」と検索すると、ダイエット女子が太もものセルライトを除去するためにマッサージでグニグニ揉まれる時、激痛が走ることはあるらしい。
だから、激痛とまったく無縁ではない。

ということで、しぶしぶ納得した。

自分の足の中に脂肪と老廃物が溜まりまくりなんて、許しがたい。のだが、しかたない。

ムカつくが、何日も何日もかけてその事実を受け入れていき、
ようやく「自分はセルライト野郎です」と思いこんで、再出発の第一歩を踏み出そうとしていたある日(6月4日)、
僕は日本に帰国して家の近くの病院に行った。

すると日本人ドクターに
「これ(cellulitis)は、セルライトではなく、セリュライティスです」
と言われた。
「へ?」
「セリュライティス」
「せ、せりゅ?らいてぃす?なんですかそれ?」
「細菌の感染ですね…」
「細菌の感染??あっ、そうなんですかっ?!」
「そうですよ。どこか、見えないくらいに小さい傷口とかから入った細菌に感染して、炎症を起こし、膿んで、膿が溜まって腫れたり痛くなったりするんです。それを、抗生物質を静脈注射することで、撃退した、と。そういうことですね。もう今は治ってますから、問題ありません」
「そうですか…」
で、日本での検査、終了。
この件に関して、終了。してしまった。

あ〜、なーんだ。
細菌の感染ね…。
膿が溜まって痛く…。
そーか。
セルライト野郎じゃなかった。

セルライト野郎としての自分を受け入れようともがいた、この3週間はナニ?

ま、いーか。

空は晴れ。

セルライト疑惑は晴れた。(自分で間違えてただけだが。)

もう治った。

よかった。

というわけで…一件落着した。

そのあと、左足首が曲がりにくいというのがあったのだが、
大分、福岡、山口、広島、岡山をめぐる旅をして、
夢中になって知らない街などを歩き回ってるうちに
いつのまにか消えていた。

もう今(2017年7月22日)は元気です。

いろいろ心配をおかけしました。

もう大丈夫です。



(*ちなみに「cellulitis」を和訳すると、
「蜂窩織炎(ほうかしきえん)」または「蜂巣炎(ほうそうえん)」となるらしい)


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by kazeture | 2017-07-22 01:33 | ネパール2017 | Comments(0)

退院の日

2017年5月7日
ネパール ベシサハール

退院する日。

朝、バスーさん(宿の主人)が迎えに来てくれた。

荷物を整理し、ドクターや看護婦さんに「サンキュー」と挨拶する。
お世話になりました。

病室を出る。

ほとんど普通に歩ける。完全にではないけど。
もう杖は要らない。

受付のところで、お金を払う。

ちなみに、僕は保険に入ってない。

で、今回、診察、治療、入院(2泊3日)の費用、ぜんぶ込みで9000円くらいだった。

飲み薬の錠剤が、4種類くらい出された。

それをカバンに入れる。

バスーさんに写真を撮ってもらった。

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写真を見ると、なんかスッキリして、穏やかな顔をしているので、驚いた。 
もっとやつれてゲッソリしてるのかと思ったから。

いちばんいい顔をしている。

それを見た瞬間、

「なんか、よかったな」と思った。

激痛に襲われ、入院して、よかった。

登ってる時、僕はもっと険しい顔してた。

よかったなぁ〜。

病院、バイバイ。

病院、ありがとー!

バスーさんのバイクの後ろに乗って、軽快に走り、
トロンラ ゲストハウスに着く。

バスーさんの奥さんが「歩けてるね!よかったね〜、おかえり」と笑顔で迎えてくれる。

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(バスー夫妻)

そして、部屋を、3階の一番眺めが良くて日当たりと風通しのいい部屋に変えてもらう。

あの、独房。窓のない部屋。
3日前の、僕が出て行った時のまま、残されていた。
僕の苦しみがそのまま残っているようだ。

独房から荷物を移す。

いろんなものを洗濯し、陽に当て、風を通そう。

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明るい3階の部屋のベッドでゴロンとする。

ベランダのほうに歩いて、外を見る。ヒマラヤを見る。

うわぁー、ベッドから下りて、歩いてる!

あぁー、歩けるって、自由に動けるって、なんていいんや!!

風と光の中でウトウトと寝転び、自由に動けること、痛みが無いことの喜びをかみしめていた。



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by kazeture | 2017-07-21 12:54 | ネパール2017 | Comments(0)

入院2日目 病室での暮らし

2017年5月6日
入院2日目
ネパール ベシサハール 入院病棟にて

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ねむれた。

入院病棟のベッド、なかなか寝心地が良い。

僕の向かい側のベッドに、5歳くらいの男の子が入院している。
お母さんが泊まり込みで付き添っている。

その子が携帯電話か何かでテレビドラマのようなものを見ているのだが、
それが恐ろしげな戦闘アクションドラマなのである。
やたらと恐ろしさを掻き立てる演出をした、むかしのイクサのような、武将たちの戦いのドラマ。

僕でも恐ろしくなるような雰囲気のドラマを、5歳くらいのぐったりした病気の幼児が見ている。

病気の幼児が病室のベッドで見るのにふさわしいか?

もっとほんわかしたものを。

その時、僕の目に、何かほわほわしたものが映った。

キャラクターの顔が雲のように浮かんでグニグニ蠢(うごめ)いている。

ほわほわして、あたたかくて、カラフルで、おもしろく、笑えるような世界。

夢うつつの中で幻視した。空間にマボロシが映っていた。

それが、ないのなら、この手で作ろう。

僕は作ってみよう。

(この7・8月にカラー絵本漫画のようなものを描く予定)

8:40 バスーさんが来てくれた。

ナースが来て、「カウンターに行って」と言う。歩いて行く。

僕が歩けているのを見て、バスーさんも喜んでくれた。

おしっこの検査をする。
おしっこは「ユーリング」というようだ。

ベッドに戻る。
ドクターが来て、足をプニプニ押す。
僕は「プニるな!」とは言わない。プニプニが診察だから。
ドクターがバスーさんにネパール語で話す。
バスーさんが僕に日本語で
「明日の朝、ホテルに戻ります。それでいいですか?」と言う。
「あ、はい」
今日の夜もここか…。
一泊の予定が二泊に延びた。

まだ治療が充分ではないらしい。
僕的には「歩けるようになった」だけで、ものすごく充分なのだが…。
(まだ歩き方がギクシャクしている)

で、バスーさんが「今、何か要る?」と言うので
「ミルクティー」と答えた。
「ビスケットは?」と言うので
「じゃぁ、ビスケットも」と言った。
バスーさんは去った。
しばらくすると、ベッドに見知らぬ女性がやって来た。
ミルクティーとビスケット2袋を僕に差し出す。
バスーさんが注文して、この人が持ってきてくれたようだ。
僕が飲み終わるまで彼女は部屋の隅で待ってて、空コップを持って帰った。
きっとこの近くの商店の人なのだろう。

ドクターが来て、「Yourおしっこ、Burning!」と告げる。

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え? Myおしっこがバーニング?
もへぁ〜、おしっこが炎上してるんかいな。
「水をもっと飲んで!」と言われる。
了解でーす。

9:50 ウンコをする。
この病室の隅に、トイレ&シャワーの部屋が2つあり、片方は洋式トイレだ。
洋式、助かる…。

バナナとりんごを食べる。

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(足首のムクミがなくなってるなぁ)
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(今日も血管に液体注入されてます)

さて、この時日記に、今回のトレッキングで「何が大変だったか」について書いている。
以下、引用。

「今回、いろいろあったなァ。
『もうダメだ』と思ったのが
・1〜3日目の登り。しんどすぎ。
・マナン2日目 夜3:30 足首の痛さに叫び泣く。
・ジープ8時間ガタガタ道。
・標高下げたのに全く治らず立てず歩けず動けず。
…の4つ。しんどさ四天王。

もともと、はじめの登り8日間だけでももうバテバテで、どうしようもなかったのだ。
なのにそのあとに迫り来た苦難また苦難の連続。
いったい、こりゃ何なんだ。
精神の鍛錬にはなったよ。
苦難は精神を鍛える。
もうオレは異国で一人入院したって平気だ。
誰もオレを悪いようになどしない。」

引用終わり。

「誰もオレを悪いようになどしない」

そう、このベシサハールの病院の人々も、みんな優しかった。
僕を悪いようになどしなかった。
僕がヨタヨタしてるのを見ると、すぐ手を貸してくれた。
レントゲン室の技師や、ドクターたちも、みな率先して肩を貸してくれた。
体を使って助けることを厭わない人たち。
そして朗らかに笑う人たち。

彼らだったから、こんな異国の田舎のちび病院に一人で詰め込まれても、大丈夫だった。

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向かいの男の子の、お母さん。
いつも歌っている。子どもに向けて。
寝かしつけるように。
低く静かに歌ってる。
子守唄のように。
あれ、いいなぁ。
子どもは安心するだろう。
僕も安心する。
病室に流れる、静かな唄。

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「頭をフケだらけにして大地を疾走する
最後のトップランナー。」
何これ?(描いたけど、忘れた)
「最後のトップランナー」か…。
最後尾についていた人が、ふと気づくとトップランナーになってるような感じかな。

17:30 バスーさんが奥さんを伴って来てくれた。
ベジスープとチベタンブレッドを持って。
チベタンブレッド(美味しいと聞いていた)を初めて食べたが、ドーナツみたいで美味い。揚げてあるのか。

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バスーさんは「明日朝8時頃来るから、一緒にホテルに帰ろう」と言った。
そして奥さんと帰って行った。
ありがとう。

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そんな感じで、
入院2日目も終わってゆく。

穏やかに過ぎる。

明日はシャバに帰るぞ〜♪

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by kazeture | 2017-07-20 22:08 | ネパール2017 | Comments(0)

激痛4日目 痛みピーク、入院へ

2017年5月5日
ネパール・ベシサハールにて

一睡もできなかった。

右足先が痛すぎて、一睡もできない。
痛みが増している…。
前夜は、痛みを感じなくなる体勢をかろうじて見つけ、4時間ほど眠れた。
それが、できなくなった。
どんな体勢を取っても痛い。

これは、まずい。ヤバい。
と、思い始めた。

実際、一睡もしてなくて、体力的にもキツい。

うーん。

僕はその時、自分の状態をFacebookに投稿していた。
「凍傷だと思って、高度を下げ、足湯などで対処している」と。

すると、カナダにいる犬ゾリ師のFさんという友達が
「凍傷ではないと思います。凍傷ではない何かですので、至急医者に行ってください。私は軽度の凍傷になったことがありますが、様子が違います」とコメントしてきた。

Fさんは自転車で地球を一周した後でカナダに住み着いて犬ゾリに乗ってる、という経験豊富な人で、
その人の言葉には重みを感じた。

そうか、凍傷ではない…。
「凍傷ではない何か」
そう言われたら、そんな気がしてきた。
それで、医者に行こうと思った。

宿の主人バスーさんに言った。
「病院に行きたいんです」と。
バスーさんは数秒間考えたのち「わかりました」と言った。
そもそも、バスーさんは一番初めの段階で病院行きを勧めてくれていた。
で、バスーさんは「今日の午前中に行きましょう。私が連れて行きます」と言ってくれた。
「はい。ありがとうございます!」と僕は言った。

部屋で準備して待っていると、バスーさんが現れた。
「行きましょう」
「はい」
僕は水筒、手ぬぐい、パスポート、財布、ノートなどを入れた小さなカバンをぶら下げ、杖を一歩持って出かけた。
出かけた、と言っても、全然歩けない。
バスーさんと奥さんが両脇を支えてくれた。
で、宿の玄関から出る。
光がまぶしい。
僕がバスーさんに支えられてヨロヨロしているのを見て、
まわりのネパール人たちが近寄り、何かをワーワー言ってくる。
バスーさんが答えてる。
「病院に行くんだよ」と言ってるんだろう。
バスーさんは、自分のバイクに僕を乗せようとしていた。
バイクにまたがるのも、骨が折れる。
と、その時、立派な四輪駆動車に乗った男が「オレの車に乗れ。ポカラのでっかい病院まで連れてってやるよ」と言ってきた。
車は良いのだが、ポカラまでは行かなくていい。
すぐそこ(5分くらい)のベシサハールの病院まで、バスーさんと一緒にその車で送ってもらった。有料で。

そうやって、這々の態(ほうほうのてい)で病院に着いた。
平屋建ての小さな病院だ。
医師は2人、看護婦は4人くらい。
で、その医師2人(おっさん&若手)が全患者を診るから、「◯◯科」とかはない。
地域のおばあちゃんやら何やら、患者はけっこういる。
ベッドに寝かされる。
待っていたら、ほどなく診察が始まった。
「急患」のような扱いになっていたのかもしれない。
ドクターは「ワンピース」という漫画のTシャツを着た、めがね、もじゃもじゃ髪で色黒のネパールファンキー親父だ。
ドクターに聴診器を当てられて問診(バスーさんが通訳してくれた)される。
それから検温、心電図、レントゲン、血液検査、検尿。というふうに検査が進んだ。

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検温すると、熱があったようである。
「華氏103度」と言われた。
(あとで調べると、華氏103度は摂氏39度だった)
39度熱があったら気づきそうなものだが、僕は痛みにのたうち回っていて、それどころじゃなかったのだ。

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そして、検査結果が出た。
もじゃもじゃドクターは「セルライトだよ!」と言った。
へ?セルライト?
なにそれ?

「痛みの原因は、セルライト!!」

そして、
「インジェクショーン!!」と言って若手のイケメン医師が登場。
注射をおしりにズブリ!!と刺された。
うぎあああ!!

そうしたら…そのあと…
痛みが引いてきた。
あれっ??
と、不思議だった。
あんなに痛かったのに。
消えていく…??
奇跡のような気がした。
突然春風が吹いてきたかのような心地よさ。
ものすごく嬉しい。
しあわせって、こういうことなんだね。

痛み止めの注射。効くのですねぇ。
注射はインジェクションっていうんですねぇ。

インジェクショーン!!
(ロッキーが「エイドリアーン!!」と叫ぶ感じで叫びましょう。感極まってる表現です)

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痛みが引いた時の風景

そして、もじゃもじゃドクターは
「痛み引いてきた?」と言いながら僕の右足の土踏まずのあたりを
プニプニプニプーニ!!と突っつき、
「ふむ、プニプニしてるなぁ…!」という結論に至り、
「入院です!!」と言った。
ぽへぁ、入院かぁ。
「今すぐ入院治療します!」
ぼへぁ〜、今すぐかぁ。
「セルライト、入院治療で治るアルね。オーケーィ?」とかなんとか。
そうですか…。
たぶん一泊とのこと。
ドミトリーが一泊600円、個室が1500円ってことで、僕はドミトリーを選んだ。

そして、僕のネパール入院ライフが始まった。

「セルライトって何?」と思ったけど、この病院にはWi-Fi電波はなく、ネットで調べることはできない。
(入院中ずっとネットは無し。期せずして「隔絶」されることになった)

また、「セルライト」と告げられた時に通訳役のバスーさんはいなかったので、詳しくわからなかった。

セルライトって何だかわからないし、全般的に何がなんだかわからないけど、ゆだねるしかない。
実際、インジェクションで痛みは引いたし、治療の方向性は間違ってないってことだろう。
ただ僕がわからないだけで、わからないというのは不安はあるけど、今ここで、まかせる以外にどうしようもないのだ。

で、入院者用の大部屋に移る。車椅子に乗せられて移動。

5人部屋だった。

ほかに、子供や中学生くらいの人がベッドにいて、点滴を受けたりしている。

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ベッドに横たわり、しばらくすると、看護婦さんが来た。
そして、僕の腕の血管に針を差し込み、テープで貼り付ける。
血管に針が固定されたままになった。

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針には開閉式のフタが付いている。
そのフタを開け、注射器のようなものを装着し、液体をじわじわと僕の血管の中に入れてゆく。
気持ち悪い。
もともと平常通り動いている血管に突如何らかの液体を注入するのだから、なんか変な感じがしても仕方がないだろう。
ま、とにかく、それが治療だ。ということだ。
その注射を1日に2回打ち、飲み薬を服用。
あとは安静にしている。
それが僕のネパール入院ライフだった。

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病室の窓
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窓からの眺め
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時々もじゃ男がきて、僕の足裏をプニプニ押して行く。

バスーさんがりんご、バナナ、フルーツジュースを買って来てくれた。
これプラス水のペットボトルも枕元にあるし、完璧だ。

さらにバスーさんは18時にはダルバート(ネパール定食)も持って来てくれるという。自分の宿の台所から。
至れり尽くせりだ。

この病院では、食事は出ない。
ので、入院者にはまわりの家族などが食べ物を持って来るようだ。

バスーさんはほんとうに親切で、とても助かる。
なんか、ものを頼みやすい雰囲気がある。
僕は異国でひとりで入院してるわけだし、バスーさんのような人が付いていてくれて、ほんとうに良かった。

夕方。
足の痛みはなくなった(静止していれば)。
足指は、ピコピコ動く。
熱は引き、気分は良い。
食欲も戻った。

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バスーさんが持ってきてくれたダルバートを、おいしく食べた。

トイレに行く時、立って、歩こうとすると、まだ足裏は痛む。
それでも、歩けるようになった。

かなり、全体的に普通の状態に近づいている。
「普通の状態」のありがたみをかみしめる。

眠り…
痛みのない眠り。
が、久しぶりに訪れた。

痛みも寒さも不快感も、何もないよ。



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by kazeture | 2017-07-20 14:49 | ネパール2017 | Comments(0)

激痛3日目 独房での暮らし

2017年5月4日 
激痛3日目
ネパール・ベシサハールにて

朝、目覚める。
ということは、寝たのだな…。

右足先、くるぶしより先の部分、特に土踏まずのあたりが痛んで痛んで、どうにも寝苦しかったのだが、
いちばん痛くない体勢を発見し、それでなんとか眠ることができた。
たぶん午前3〜7時の4時間くらいは眠れたと思う。

痛みが増している。
なんで増すの?
減る予定なんですけど。
もうわけがわからない。
どうすりゃいいんだ。

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(その日のノートより)

それでも、僕はこの日の午前中はまだ、
「足湯とマッサージで治ると思う」と日記に書いている。

自分の力で、自然治癒力で、治す!
と思っていた。

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(足湯しました)

そしてこの日は一日中、朝から晩まで、独房(窓のない部屋)から出なかった。出れなかった。

立つことも、歩くことも、なかなかできず、
食堂にも行けないし、
トイレにもなかなか行けない。
行く必要のある時は、文字通り「這うようにして」トイレに行った。

這うようにして、トイレに行く。
って、なかなか、ありそうで、ない。
そういうことを体験する旅です。

バスーさんは時々様子を見に来てくれた。
「明日には、2階に移れるといいですね」と、バスーさんも、このまま回復していくことを信じてくれていた。

僕としても、ほんの少しずつでも、良くなっていると信じたかった。
けど、実際は悪くなっていってた。

初めはこの部屋で歩けたのに、歩けなくなった。
初めは立てたのに、立てなくなってしまった。

この日の午後から夕方には「這って」も行きにくくなり、
仕方ないから、オシッコはしびん代わりにペットボトルにするようになった。

なんで悪くなっていくのか。
わからないな…。
と思うばかりだった。

食欲はなかった。
でもバスーさんの宿にちょっとでも儲けが出るように、
スープや、お粥や、ラッシーを注文して食べた。

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(ベジタブル スープ)
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(バナナ粥)

部屋で、電気を消して、ベッドに座り、ボーッとしている。
ドアは施錠せず、半分くらい開いている。
通路を通る人は、中が見える。
通りながらフッと見ると、暗闇の奥から僕がボーッと見ている。
ギクッ!とするかもね。
普段はそこにいないはずの、わけのわからないものがいて、こっちを見てるわけだし。
通路は色んな人が通っていた。
注文の品を台所に届ける業者の人なども来てて、暗闇独房人(またの名を「どくぼう王」。「がんくつ王」に対抗)の僕を見てギクッとしていた。

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(その日のノートから)

この日、独房から出られず、食堂にすら行けず、外の風景を見ず、日光も見なかった。
だが、そんなことを嫌に思うヒマもなく、
ベッドで痛みにのたうち回っていた。

いったい、何なん?
何これ?
と思いながら…。

そうして、激痛3日目、トロンラゲストハウスの2日目も、暮れて行った。


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by kazeture | 2017-07-20 00:07 | ネパール2017 | Comments(0)

歩行11日目 激痛2日目 地獄ジープ

2017年5月3日
ヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキング 11日目
激痛 2日目
ディクルポカリ(3060m)→ベシサハール(760m)

朝、起きる。
と、いうことは、僕は生きてるということだ。
生きてるぞ。

左足先の痛みが、減っている。
と、思ったら、右足先が痛くなってきた!
うわ、なんで?
左から右にうつった?!(「伝染る」&「移る」)
幸いにして左は痛くなくなりつつあるが、同時に右がめちゃくちゃ痛くなってきてしまった。
うぎぃぃぃぃ。
トイレに行きたい。
立ってみる。
杖を一本使って、おそるおそる歩く。
左があまり痛くないため、なんとか歩ける。
もし、両方同時に痛んでたら、動けなくなってるところだ。

右足の裏の土踏まずあたりに、激痛が走る。

これは、いったい、何なんだ。

僕は一応、凍傷だと思っているが、左から右への移動など、わけがわからない。

しかたない。
それでも行くしかない。
生きて行くしか。

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ゲストハウスのレストランでお茶を飲みながら、ジープを待つ。

「足はどんな具合?」と、ゲストハウスのおねえさんが聞いてくる。
「まだ痛いけど…なんとか歩けるよ」と僕は笑う。
このおねえさんが優しい感じで、だいぶん救われた。
僕が足を痛めたからこそ、その優しさに触れることができた。

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「気をつけてね」とおねえさんに見送られ、ジープに乗り込む。
(乗り込むのもひと苦労だ。大きな段差を登る時、片足だけでは難しい。が、なんとか転がりこむ。僕は助手席だった)

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8:30 ディクルポカリをジープで出発。

このあたりの道は、舗装などは全くない。ガタガタ道の連続だ。しかも、そのデコボコ度合いは、ズバ抜けている。
ヒマラヤ3000mの高地の道路だ。ネパールという貧しい国の。だから、デコボコなのはまあ、当たり前だ。
その、極度のデコボコ道を、思いっきりガタガタ揺れながら行く。
僕は、右の足の裏が床に触れると、激痛が走る。
それが、極度のガタガタ道なので、足裏が床に「突き当たる」というか「強くぶつかり続ける」ようなことがしょっちゅうあり、もう飛び上がるほど痛いのだ。

右足裏が床につかないような工夫をいろいろしてみたが、それが案外難しい。右太ももの下に手を入れて足裏を浮かす。のだが、5センチくらい浮かしてても、10センチくらい上下に揺れるので、床にぶち当たる。

そんなわけで、「床に足裏がぶち当たる」という地獄を味わい続けながら、降りて行った。

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地獄が、もうひとつあった。

乗客は僕以外に3人(みな20代前半くらいの若いネパール人。後部座席に並んでる)いて、ひとりだけ女性。3人は知り合いのようで、会話している。
この女性が僕の真後ろに座っていて、めったやたらにうるさいのだ。
大声でマシンガンのように怒鳴りながら話し続ける。
全く途切れることなく、わめき続ける。
何なんだ、これは。
こんなうるささを、経験したことがない。
なんというか、声の出し方が異次元というか、叩きつけるように爆発的に怒鳴りつけるように矢継ぎ早に話し続け、しかも全く休まない。
となりにいる男にしゃべっているようなのだが、その男は時々生返事するだけで、基本、女が一方的にしゃべり続ける。
僕はその機銃掃射をモロに至近距離で後頭部に受けて、ぐったりしてしまった。

足がガタガタぶつかって涙が出るほど痛く、頭は機関銃にぶち抜かれてフラフラ。
そういう二つの地獄を味わっていた。

さて、ある場所で、乗客男がひとり下りた。

後部座席には、うるさ女一人と、もう一人男が残っている。

車が走り出す。
女の機関銃がまた始まるかと思いきや、何も言わない。静まり返ってる。
おかしいな。
後ろのふたりは時折り会話を交わしはするが、女の声はさっきとはうって変わってふにゃふにゃしたやる気をなくした声で、何と言ってるか聞き取れないほど小さい。

え?どういうことだ?
と思った。が、僕はピンときた。
女は、さっき下りた男が好きなのだ。
で、張り切りまくり、話しまくっていたのだ。
だって、なんか様子おかしかったもん。
高揚しすぎて、ハイになって、ちょっと異常やったもん。
なるほどな…。と、僕はひとりで思っていた。

そして、車がドライブインに着いた。
そのドライブインの中に、さっき下りた男がいた。(バイクに乗って来たらしい)
女はその男を発見すると喜んで近寄り、また嬉しそうに機関銃を始めた。

しかしな…あそこまでうるさいと、男も逃げて行くと思うよ。
もうちょっと静かにしといて欲しいと思うんじゃないかな…。
と僕は思うが、どうなんだろうか。

しかし、あの異次元機関銃しゃべりを聞けたのは、ある意味で貴重だった。

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(足首がムクんで太くなってる)

車は、途中2回ドライブインに停まり、チェックポストも2〜3ヶ所あった。
そのたびに僕も下りてお茶を飲んだり、チェックポストにトレッキング許可証を持って行ったりしたが、歩くのがとてもつらかった。
昨日よりつらい。痛い。
あぁ、ほんとにこれ、何なんかな。

一度、チェックポストにヨタヨタ歩いて行ってる時、車の中の乗客男が僕に向かって、「May I help you?」と叫んだ。
僕はほんとは、肩を貸してほしかった。
だけど、「いや、何もないよ」と答えてしまった。
僕は、自分が歩けないこと、自分がしょぼい存在になってることを、世界に表明することがこわかったのだ。
それで、やせ我慢をし通した…。

車はガタガタ道をどんどん下りてゆく。
僕が登りの時に通った、好きだった風景、好きだった道、好きだった集落を、歩きと比べればあまりにも速いスピードで、瞬時に通り過ぎてしまう。
それで僕はしんみりした、哀切な気持ちになっていた。
僕の旅のスピードとして、車は余りにも速い。
しかし、右足は激痛にさいなまれ続けていて、どうしようもなかった。
車に乗っているしかなかった。

運転手は19か20歳くらいのネパール人の男だったが、大変頑張っていた。
あのガタガタ道を、揺れを最小限にするよう気を配りながらノンストップで何時間も運転し続けるのはほんとうに大変だろうと思う。
めっちゃタフなヤツだ、と感心した。

最後、目的地ベシサハールに近づく頃、ようやく道が舗装路になった時。
彼は「キャッホー!」という感じで、嬉しそうにぶっ飛ばした。
その気持ちはよくわかった。
ガタガタ道では「飛ばす」なんて全然できないから…。

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しかし、それにしても、こんなに激痛を感じ続けながら下山するなんて。

もし、山の上で手厚い看護を受けていたとしたら、どうやって下山することになっただろうか?
体を水平にできるようにして、足裏に絶対に圧力がかからない体勢で下しただろうな。
車か、あるいはヘリコプターか。付き添いの看護婦さんとともに。

…などということを想像しながら、
激痛に気が遠くなりそうになりながら、
最後の方は「もう限界超えてる…」と思いながらも、
なんとか耐え切り、やっと、
16:50、ベシサハールに到着した。
ジープで8時間20分かかった。

山と町の境界の集落、ベシサハールに戻ってきた。

僕はトレッキング開始時にベシサハールに来たとき、「トロンラ ゲストハウス」というのを目に留めていた。
「トロン・ラ」というのは「トロン峠」という意味で(英語では「トロン・パス」)、僕が目指す5416mの峠の名前だから、なんかいいなと思ったのだ。

それを憶えていたから、「トロンラゲストハウスに行きたい」と運転手に言って、連れてきてもらった。

(「なんとなくその名前が目に留まる」というような現象を僕は大切にしている。手がかりとして採用する)

車から降りた。運転手に「サンキュー!」と伝えた。車は去ってゆく。

杖をつき、ヨロヨロと、トロンラゲストハウスに入る。

あー、もう、倒れそうだ。
体力、限界。(極度のガタガタに8時間揺られるだけでも、かなり消耗する)

中に、40歳くらいの男の人がいた。
ここの主人のようだ。
僕が足を痛めてるのは、ひと目見てわかる状態だ。
ほとんど、歩けない。

「泊まれますか?」と聞いた。
「はい、いいですよ」彼は少し、日本語が話せた。
そして「あなたは歩けないので、2階の部屋は無理だ。私が使ってる1階の部屋を今から空けて、荷物を上に移すから、ちょっと待って」と言う。
大変な親切だ。
自分が普段使ってる部屋を明け渡してくれるなんて。
それを、会ってすぐに決断するなんて。

これがトロンラゲストハウスの主人、バスーさんとの出会いだった。

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部屋にはベッド、椅子、扇風機があり、となりにホットシャワーと洋式トイレ、洗面台も付いていた。
ありがたい。
部屋にトイレが付いてると、今の僕にはかなり便利だ。
しかも洋式なのがうれしい。右足に体重かけられない今は。

といっても、右足の痛みは激しくなって、部屋に付いてるトイレに行くのすらも物凄い苦労、という状態になってしまっていたが。

僕は、高度の影響で凍傷になっているのなら、高度を下げたら治っていくだろうと思っていた。
それで3060mから760mまで一気に降りてきた。
気温も上がり、暖かい。
なのに、右足の痛みはひどくなっている。

どういうことなのか…。

わからない。

とりあえず、バスーさんに「足湯をしたい」と言ってバケツとお湯を持ってきてもらった。

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足湯は、気持ちいい。

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だけど、右足の痛みは減らなかった。

バスーさんは「鎮痛剤」の塗り薬を持ってきてくれた。
また、「何かあったら、呼んでください。ドアを叩いたら、すぐ来るから」と言ってくれ、
何かと甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
バスーさんには奥さんや娘もいたが、バスーさんが一番英語も日本語も話せるようで、僕の世話を受け持ってくれた。

この部屋には、窓がなかった。
1階で、食堂に近くて、便利なのだが、窓がない。
窓というのは、たとえ夜でも、外の気配や音や光や、風の様子などが入ってくる。伝わってくる。それが良い。心に風が通る。
窓がないと、閉塞感がある。

この部屋をあてがってくれた心遣いには、たいへん感謝している。もう、ほかに行く気力・体力はなかったから。

けど、孤独な真っ暗な窓無し独房なんやなぁ…。

今の自分にはここがふさわしいのか?

まるで「密室で、逃れることなく、この痛みと向き合え」って言われてるかのようだ。

そんな感じで、波乱万丈の道程の末にたどり着いたトロンラゲストハウスの一夜目が暮れた。

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by kazeture | 2017-07-19 17:46 | ネパール2017 | Comments(0)

歩行10日目 激痛に襲われる

2017年5月2日
ヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキング 10日目
マナン(標高3540m)にて

痛い。
なんか、すごく痛い。

目を開ける。
暗闇だ。
まだ朝は来てない。

時計を見ると、3:30。

左足の先が、めちゃくちゃ痛い。

ぐわぁ!
なにこれ?

んー。
ズキズキする。

動いたり、触れたりすると、すごく痛い。
静止してるとマシだが…。

左足の先と、足の裏。

ズンズン、ズキズキ。

真っ暗闇で、空気は冷たい。
その中で考える。

これは何だ?

凍傷か。

標高3500mを超えて酸素は薄くなり、雪が降るほど寒かった。
それで体が冷えて血流が悪くなり、心臓から遠い足先が冷えて凍傷になり、壊死しかかって痛みを発しているのではないか、と推測した。

凍傷しか、思いつかなかった。

そして、この激痛は、かなりただごとじゃなく痛かった。

それで、もう、「降りよう」と思った。

高度と冷えで凍傷を起こしているのだとしたら、降りるしかない。
高度を下げて酸素が充分あって気温の高い場所まで行けば、体温が上がって血流は良くなり、足先も元に戻るだろうと思った。

考えて、わりとすぐに決断した。

この先さらに登って5416mの峠を越えるのを目標にここまで歩いて来た。
でも、それはあきらめた。
あきらめざるをえなかった。

降りるなら早ければ早いほどいいだろう。
今から荷物を整理して、降り始めよう。

5:30に起き出す。

ベッドから足を出して、両足を床につく。
「いたッ!!」
左足の裏が痛すぎる。
足の裏を床に付けられない。
立てない。歩けない。
トイレ行けない。
ヤバいな…。
僕はそのまま、ベッドに腰掛けながら、荷物を整理した。

6:30、荷物はまとまった。
2本の杖を使い、おぼつかないながら、立ち上がる。
一歩一歩、そろりそろりと足を出し、じわじわ進む。
このホテルの3階のフロントまで行って、チェックアウトせねば…。

ん?
庭に、ムク犬が寝てる。
目が合った。
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寝ながら首だけ動かしてこっち見てる。
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のんきな犬だ…。

僕はまさしく這々の体(ほうほうのてい)でムク犬の視線の前を通過し、階段に取り付く。
階段の手すりにぶら下がるような感じで、じわじわと上がっていく。
途中、ドタバタと人が通り過ぎる。僕はなるべく普通の顔をしてやり過ごす。

3階に着き、食堂をゆっくりと突っ切って奥のフロントまで行き、支払いを済ませる。
僕は何気ない顔をし続けた。

その時点で僕は、歩いて降りよう、と思っていた。歩けないのだが。
歩くという方法しか、頭の中になかった。
だから、こんな宿の食堂あたりで弱音を吐いてる場合じゃない。
というわけで、冷や汗をかきながら普通の顔を装っていた。

だから、宿の連中は何も知らない。

また、ほうほうのていで一階まで降りた。
そして、ザックをかつぐ。
2本の杖をつき、足裏の痛みに悶絶し、大汗をかきながら、ヨタヨタと歩きだす。

バイバイ、ムク犬。

こんな状態のくせに、標高差にして2000mくらいを歩いて降りようと思っていた。何日もかけて。

僕は、登りの時ずっと、「車で行く」という方法を頭から除外していた。
それを頭に入れると、ややこしくなる。
だから「ヒマラヤは徒歩のみ」という単純なポリシーのもと、歩いていた。

ホテルの門を出て、5メートルほどだけ、頑張って歩いた。
そして、力尽きた。
もうムリと体が言った。
その時、人影が目の前に立った。
「ジープで降りれば?」とおじさんが言う。
その瞬間、僕の頭の中に「車で降りる」という概念が入ってきた。
僕はおじさんに「うん」と答えた。

おじさんは僕にいたわりの視線を向けていた。無理すんなよ、と。
だから僕も瞬間的にすんなり受け入れられたのかもしれない。

おじさんは「ベシサハールまで5000ルピー」と言った。
ベシサハールまで5000ルピー(5000円くらい)で行けるのか。
ベシサハール(標高760m)は、歩き始めた場所だ。
しかし僕は「うん」とは言わず「ピサンまで」と言った。
ピサン(標高3200m)までは、2000ルピーだという。
それで手を打った。

「ベシサハールまで」と言ってしまったら、その瞬間、そのひと言で、このトレッキングは完全に終わってしまう。
8日間かけて歩いた行程を1日で降りて、もう、おしまい。
だからその時「ベシサハールまで」とは言わず「ピサンまで」と言ったのだ。
ピサンまで降りて、様子を見ようと。

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7:40 ジープ出発。

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乗ってる間に考えて、標高3200mのピサンではなく、標高3060mのディクルポカリまで降りることにした。
ディクルポカリまでは2500ルピーだという。

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9:20 ディクルポカリ到着。

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登りの時にも立ち寄った、ホテルガンガプルナのレストランで、お茶を飲む。
テラス席で、とても日当たりがいい。

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足は痛む。

そこで日差しに温まりながら、どうするか考えた。
もう一度ほかのジープに乗ってさらに降りるか、歩いて降りるか、今日はこの宿に泊まるか。
結局、この宿に泊まることにした。

日当たりが良くて、今は暑いくらいに暖かいし、ここで温まりながらマッサージして、足湯もして温めたら、良くなるんじゃないか。

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凍っていたボカシオイル(バリ島のマッサージオイル)を日光に当てて溶かす。

左足に塗ってマッサージする。

左足首が浮腫み、ふくらんでいる。
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くるぶしの出っぱりがなくなっている。
足首もやけに太い。

午後、ずっと部屋のベッドに横たわっている。

夕方、トイレに行きたくなる。
左足を床につかず、右足だけで、ケンケンで行く。
ケンケンで行けるやん!と、発見した。
片足でも、歩ける。

ウンコをしたいのだが、ウンコ座りができない。
少し腰をかがめた中腰の、中途半端な体勢でウンコをする。
やりにくい。最後のほう、プルプルとふるえる。
左足は限界だった。
それでも、できてよかった。

食堂に行って宿のおねえさんに話し、明日、ベシサハールまで行くジープの手配を頼む。
明日、ベシサハールまで車で降りようと思う。

それから、おねえさんに自分の足の状況を説明する。
マナンで夜寝てたら足が冷えて、めちゃくちゃ痛み、歩けなくなったのだ、と。
そして、足湯をするのでお湯をちょうだい、と言った。
おねえさんは僕の容態を心配し、親身になって世話をしてくれた。

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足湯は気持ちよかった。
足首がポワッと桃色になり、血行が戻っている。足指もピコピコ動く。
気持ちはよかった。のだが、足先は相変わらず痛い。

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水筒に、熱湯を1リットル入れてもらう。
それを寝袋に入れて湯たんぽにして寝るつもりだ。

夜がやって来る。
3000m。夜。冷え込む。
大丈夫だろうか?

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その夜、日記にこう書いている。

「火の玉を燃やせ。冷たい3000mの夜だ」

そうだ。いま燃やさなくて、いつ燃やすんだ?
自分の中の火の玉を。

気持ちが状況を変える。
なら、今こそ。

全身全霊で燃えて、あったまって、ぶちあたれ。

夜の冷たさ、血の流れの悪さ、死にゆく細胞、そんな流れとは逆の回転を起こせ。

気持ちの中から、生み出せ。

心の力で行け!
火の玉になれ!

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そうして、眠りについた。

湯たんぽは機能していて、あったかい。

部屋の空気はかなり冷え込んでいる。

なかなか眠れない。

足先が痛くて、眠りづらい。

原因不明の激痛、ガタガタ強まる風の音、冷えてゆく空気、たった一人の暗闇。
オレはこの夜を越せるのか?

この夜が越せるか…。

だんだん、うつらうつらとしてきた。

その時、僕はある行動を取った。

不思議な行動を。

真っ暗闇の寒気の下、布団と寝袋にくるまった中で。

僕は、自分の作った歌、「まちあわせ」を、英訳して歌い始めたのだ。

英語がとても苦手なのに。

でも。僕は心残りだったのだ。

このまま死んだら。

ある国で、ある女性に、「歌を聞かせて」と頼まれたとき、僕ははぐらかして歌わなかった。

英語の歌詞があったら、と思った。

そんなことはすっかり忘れていたが、この瞬間ふいに出てきた。

「もう死ぬかも」となったから、初めてできたのかもしれない。
「この夜が越せるかわからない」という状況だからこそ。

きみとぼくは まちあわせて 
道なき道 あるきだした

You and me met a meeting point
we go walking no way road

…という具合に、でたらめに歌った。

いったい何なんだ。
何をやってるんだ。
この苦しい、痛い、辛い状況の中で。

何だか知らないが、そうなっていた。

そして、いつのまにか、眠っていた。




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by kazeture | 2017-07-18 21:43 | ネパール2017 | Comments(3)

歩行9日目 激しい雪がふる

2017年5月1日
ヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキング 9日目
マナンにて休息日

マナンで3日ほど休む予定。
朝はよく寝た。

そして起きて、
「さぁ、休み1日目!」と思ってカーテンを開けると

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うわ!
雪や!
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そ、そんなに
寒いの…?
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うわぁぁぁーぁ。

しかたない。
雪でも何でも、その中を生きて行くしかないのだ。

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カチャマイ飲も。

カチャマイというのはアルゼンチン産のハーブティー(数種のハーブのブレンド)で、僕の気に入ってるお茶であり、ヒマラヤにも持参している。

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じつは僕は、寒いのが苦手なのだ。
暑いのはいくら暑くてもいいけど(気温100度はイヤです)、
寒いのは苦手です。

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カチャマイ飲も。2杯目。

寒いのイヤや〜、と部屋でグジグジしてると

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ぱぁぁーっ
と光が射してきた。

やったぜ!

外に飛び出す。

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ニルギリ レストラン に駆け込む。

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アップルクランブルケーキを注文する。

アップルクランブルケーキとは何か?

2009年のヒマラヤトレッキング(ジョムソン街道。タトパニからムクティナートまで2週間かけて歩いて往復)の時に食べて、めちゃくちゃ美味しかった思い出のあるケーキである。

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この漫画にも描いている。

さて、では、これはどうか?

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ぱく。

これは、なんか、そうでもない…。
なんで?
わからない。
前回は「初めてである」「疲れている」「不安である」ということが作用して、極度に美味しく感じたのだろうか。
それとも、これがたまたまこういう味なのか。

よくわからないが、
アップルクランブルへの思いは急速にしぼんだ。
それでよかったのだろう。
もし美味しすぎたら食べ過ぎて破産と肥満で大変なことになっていただろうから。

マナンを散歩しよう。

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これがメインストリート。
マナンの町は、想像より小ぢんまりしていた。

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こういうワイルドな登山系の映画をプロジェクターで上映してるお店がある。
どれも見たことないなぁ。
原作の本は読んでても。
あ、「セブンイヤーズインチベット」は見たっけ。
「キャラバン」ってどんな映画かな。

僕はあまり映画を見ない。

僕は、感じとして
・いま目の前に流れてる景色が映画だと感じる
あるいは
・自分が映画の中の登場人物(主人公)のような気分で生きている
ので、
実際の映画を見ている余裕がない。

映画は嫌いではないのだが…
もうすでに目の前に流れてて、それを見るのに忙しい。

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今日、僕の泊まってる宿、満室かぁ。
雪で足止めを食らって停滞してる人が多いのだろう。

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あ、雲が切れて、光が…。

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夕食。Spagetti Tomato Mushroom Sauce with Cheese。

さて、食事をしている時、そこ(食堂)にはたいていWi-Fi電波が飛んでいる。
ここ、3500m地点でも。
1泊目の100円のボロ宿にもあったし、それ以降の宿(すべて1泊200円)にも全部あった。
「停電してて、今は使えない」という時は何度かあったが、少なくともすべての宿にWi-Fi電波を飛ばす機械は備え付けられていた。
で、僕はずっとiPhoneを使ってインターネットの世界とつながりまくっている。

つながりまくっている…。

今回、僕のヒマラヤの旅のテーマは「隔絶」であった。

ふだん、日本でつながりまくっているので、ちょっと、一ヶ月くらい「隔絶」されに行きたい。
一年のうち一ヶ月くらい異国で隔絶されたって、いいだろう。
一ヶ月隔絶されたら、どうなるかな?
と思って、ヒマラヤトレッキングのなるべく長いコースを選び、アンナプルナ一周(25日間くらい)にしたのだ。
隔絶ぅ〜、隔絶。
隔絶を求めて山に入っても、そこにはつながりがあった。
Wi-Fiはもっとなくなると想像していたが、どこにでもあった。
ここ1、2年ほどの間に完備された模様。
先進国のトレッカーたちがみな要求するだろうし、もしなかったら客は減るだろう。
僕も「あるなら使え」というわけで、使った。
無理に使わないようにはしなかった。
(ほとんどどこでもWi-Fiは無料だった。ごく一部で有料)

ネパールも広いし、こんな、西洋人がたくさん来る人気のトレッキングコースなどではない所に入り込めば、すぐ隔絶されることができるだろう。
だから、それはまた別の機会にしよう、と思った。

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この日書いていた日記をここに転載しよう。

「頭が痛く、頭がボーッとして、気分がすぐれず、体をゆっくりとしか動かせない。
今朝起きたら左足うらのスジが痛くなっていた。
歩きにくくて困る。
ボカシオイルも馬油も凍ってる。
雪も降るし。寒い。
早く気分が良くなったらいいのだが…。

宿の部屋で一人
高山病と戦う。
自分との戦い。
自分一人での戦い。

“ヒマラヤほどの
消しゴムひとつ…”
(「1000のバイオリン」ブルーハーツ)

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雪のち晴れ。
の9日目が終わってゆく。

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by kazeture | 2017-07-17 19:07 | ネパール2017 | Comments(0)

歩行8日目 大きな町マナンに着く

2017年4月30日
ヒマラヤ アンナプルナ一周トレッキング 8日目
ンガワル(3660m)→マナン(3540m)

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起きてすぐ窓から見たヒマラヤ

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5:40 ンガワルを出発。

今日は、いよいよマナンに着く予定だ。
マナンはこの行程中最大の町で、
僕はそこで高度順応と休養を兼ねて
3日ほど過ごすつもりだ。

ひと区切りとなる地なので、楽しみ。

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空気が澄んでいる…。

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ふと見ると、そこら中すべての草に水滴が付いて、
きらきら光ってた!

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ニットキャップ装着

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加工なしでこの青!

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9:50 Mungji ムンジ に到着
茶店で休む

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レモンジンジャーハニーティー
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この時、日記帳に「高山病の頭痛ヒドくてゆっくりしか歩けず」
と書いている。
どうも、そうだったらしい。
標高3500m以上に達し、すこし高山病の症状が出ていたようだ。

そして、この茶店を出てトコトコと歩き、
30mくらい行ったところに
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このパン屋があった。
‘Pie in the sky’。
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アップルパイ買っちゃった!
で、またお茶。
このへんのアップル、美味しいなぁ。
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そのあと、また歩き出した。

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ぴゅううううっと風がゆくよ。

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11:15 Braka ブラカ に到着。

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斜面に張り付くようにしてゴンパ(寺院)が!
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かっこいいなぁ。

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さぁ、あとひと息。

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そして…
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やっと、
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ついに、
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12:00 Manang マナン に到着!!(標高3540m)

8日間かけて、ようやく。

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ここマナンからふもとのベシサハールまで車(ジープ)が出ている。
その発着所。

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ここがマナンの町かー!

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Hotel Yeti。ここに泊まろう。
(Yeti イエティ = 雪男)

やったー!着いた。

着いた、というか、まだ旅路は続く、5416mの峠を越えて…
だけど、ひとまず、ここまで着いた。

ほっ。

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宿の食堂

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Porridge with apple りんご粥

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カマド

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夕食のヌードル

この日はあたりの散策もほとんどせず(写真がない)、宿の部屋で休んでいた。

この日の日記の最後に、こう書いている。
「足のウラをいたわろう。
唯一の接地面だ。
足のウラをいたわろう。」

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こうして、8日目が終わった。


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by kazeture | 2017-07-17 11:51 | ネパール2017 | Comments(0)