風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture


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厚着のインドネシア人

3月12日 14時
バリ島デンパサールのウブン・バスターミナルから、ジャワ島のジョグジャカルタ行き夜行バスに乗った。

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このバスに乗った。

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「JOGJA(ジョグジャ)」と、行き先が書いてある。


予定では14時に出て翌朝7時に着く、つまり17時間かかるとのこと。

ちなみに僕は8年前にも同じルートでバスに乗っているし、だいたいはわかるつもりだ。

さて、バスは出発する。
と、めちゃくちゃ寒い。

しかし、それはわかってたつもり。
長袖を2枚用意してのぞんでいる。

それにしても、
冷房を効かせまくってて、
めっちゃくちゃ寒い。

いったい何なんや。

僕は長袖を2枚着ると、
さらにバスに備え付けられた
スパイダーマン柄の毛布で
首の下から足の先まですっぽりと覆った。

まわりのインドネシア人たちも
ジャンパーを着たり
めちゃくちゃ厚着をして
モコモコと着ぶくれ、
毛布をかぶりまくり、
ガタガタ震えている。

赤道の近く、
クソ暑い国で、
クソ暑い太陽の下で、
この冷凍バスは何なんだ。

ちなみに僕は
暑いのが好きで、
寒いのが苦手だ。

旅の鉄則は
「郷に入っては郷に従え」だ。

とりあえず、従う。
様子を見る。

しかし、この寒さは…
異常だ。

繊細な人だと、
病気になるかもしれない。
風邪を引くかもしれない。
一晩経つと、
セキが出だすかもしれない。

ヤバい、ヤバい。

これは…
言いにいこうか…?

ってぐらいの
レベルだと思う。

その時。
ふと、
「冷凍バスはクソ暑い赤道直下のインドネシア人たちが、唯一『厚着』を楽しむ機会なのだ!」
という
アイデアが浮かんだ。

その、インドネシアの人たちの
貴重な厚着の機会を奪うのかッ!?

…うーむ。

言われてみれば、革ジャンみたいなのを着て気取ってるような感じが、なきにしもあらずな人もいる。

彼らは、ふだん、革ジャンなど着ると、暑くて死んでしまう。

ここで、
革ジャンをビシッと着こなした上に
スパイダーマン毛布にくるまり、
ガタガタ震える。
という非日常的行為のすべてを
楽しんでる。
という可能性も
ほんのちょっとはあるのかもしれぬ。

…なるほど。

オレなんかには計り知れない事情があるのかもしれない。

静かにしていよう。

と、僕はバスの片隅で
静かにし続けた。

冷凍バスは走り続け、
夜は更けていった。

ちなみに、
風邪は引かなかった。


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バスの座席の写真。
青いのはスパイダーマン毛布。

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by kazeture | 2017-03-16 23:18 | インドネシア2017 | Comments(0)

バリを発つ

3月12日

僕がバリ島を発つ日が来た。

2/21からバリに19泊した。
クタ、デンパサール、アメッド、ロビナ、ウブド。
楽しかった。
しかし、もう行かなければ。

ヒマラヤに近づいて行かねばならない。

で、3月12日の正午にウブドを発つことになったのだが、
その前にウブド南部で「サンデーマーケット」というのがあるというので、
朝、歩いて行ってみた。

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バリ在住日本人の方と、バリ人の方が、出店していた。
野菜、パン、鶏の燻製、和菓子、石けん、ドーナツ、アクセサリーなど。
そしてバリ在住日本人の方々でにぎわっていた。
若い人も、年配の人もいる。

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僕にはバリ島在住の友達が3人いる。
それぞれ別ルートで知り合った人だ。
その3人がこのマーケットに同時にいて、一緒に話したりして、
楽しかった。

こういうマーケット、市、集まりというのには
そういう効果がある。


で、
その友達たちに別れを告げ、
僕は旅立った。

バリで再会した人も、
新しく知り合った人も
ありがとうございましたー!!

またどこかで
会いましょう。



宿に戻り…
荷物を持ち、
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この方に挨拶。

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いつものんびり、悠然とした態度で
僕を見ていた。
バイバイ。

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宿のお父さん。
いい感じの人やったな…。

お母さんはこの時いなくて写真撮れなかったけど、笑顔の素敵な人だった。

家族の中に居候してるような、
「一緒に暮らしてる」って感じ(ネコやニワトリも)のする、
いい宿だった。

じゃあねー、
ありがとう!



で…
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この人(ウブドで最初に声をかけてきて宿に連れて行ってくれたドライバーさん)に
バイクでデンパサールのウブン・バスステーションまで 
連れて行ってもらった。
この人もいい感じだった。


バリ島ではみんなに、
たくさんの人にお世話になったなぁ。

みんな笑顔で優しく接してくれた。

極悪人…というか、
悪どいボッタクリ野郎もいた(主にクタ)が、
そういう人も
「極悪人っぽさ」を初めから全面に押し出して迫ってくるため、
非常にわかりやすいし、
対処しやすい。


そんなわけで、
バリのみんな、
ありがとー!!


そして僕は次の島へ行くため、
バス乗り場へ向かった。

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by kazeture | 2017-03-16 17:11 | インドネシア2017 | Comments(0)

19年ぶり

3月8日
ウブドの王宮横の集会所前で、理恵ちゃんに会う。

理恵ちゃんというのは、19年前に宮城県で会った人だ。

1998年の夏、僕は「日本縦断散歩」という名の旅をした。

歩きやヒッチハイクや自転車などで
北海道の宗谷岬から沖縄の喜屋武岬まで行った。

友達の紹介で宮城の理恵ちゃんの存在を教えてもらっていた。

宮城の山の中の古い一軒家で理恵ちゃんは暮らしていた。

そこに泊めてもらい、宮城を案内してもらったり食事したり話したりした。

最後、理恵ちゃんは車で宮城から福島まで送ってくれた。

それから、19年が経った。
その間は一度も会わなかった。

で、いきなり19年後にインドネシアのバリ島、ウブド、王宮横集会所前で再会した。

理恵ちゃんは僕を見ると「全然変わってないからすぐわかった」と言った。

宮城からバリ、
1998から2017、
時空を越えて突然また会話が始まった。

そして理恵ちゃんは僕に
「これ、かぶって」と、
バリの正装用の帽子を渡した。

「へ?」

「ヘルメットなくて…。これ着けてたら大丈夫だから」

正装してたらヘルメットかぶらなくてもいいのは知ってる。

僕は頭に帽子、腰に帯を巻き、
理恵ちゃんの運転するバイクの後ろに乗り、
バリ島の道を爆走しはじめた。

いろいろと展開が不思議だが、
とにかく僕はバリの道の上を走っている。

理恵ちゃんちに向かっている。

理恵ちゃんは数年前に夫婦でバリ島に移住し、
家を建てて住んでいるのだ。

バイクが、ある家の前で停まった。

「ここ、豆腐屋さん」
と言いながら理恵ちゃんは中に入って行く。

おばあちゃんがいる。

おばあちゃんや、女の人たちと、記念写真。

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(右からふたり目が豆腐屋を統率するおばあちゃん)

今日は豆腐屋は定休日で、豆腐作りはしていなかったが、
理恵ちゃんは豆腐を買っていた。

おばあちゃんが豆腐作りの指揮をしているらしい。

おばあちゃんに会えてよかった。

そのあと、
ギャニャールというところにある
理恵ちゃんの家へ。
(ウブドから東にバイクで30分ほど行ったところ)

「うわー、立派な家やな!」

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リビングがすごく広い。
何も置いてなくて広々としてる。
テラスも広い。
そして眺めがいい。
雲が晴れたらアグン山が前に大きく見えるという。
客間もある。
白い壁と床、焦げ茶色の窓枠、青いカーテン。
素敵である。

ここで理恵ちゃん夫妻(パートナーさんは今は日本に帰国中)は2年間、東北や関東から保養に来る子供たちや家族を受け入れていた。

そして、バリ島ではビザの関係で働くことができないという理由で、
この家を手放し、
また別の国に移住しようとしているところだという。

というわけで、
この家は売り(or貸し)に出すそうですので、
ピンときた方は連絡ください。

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眺めの良さと、
家自体の素敵さにびっくりした。

頑張ればここまで
できるんやなぁ。

理恵ちゃんは
「バリの大工さんに頼んで家建てるの、めちゃくちゃ大変だった」
と言っていたから、
並大抵の道のりではなかったようだけど、
とにかく、
今はもう建っている。
すごいなぁと思った。

そのあと、
ギャニャールのパサール(市場)へ。

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パサールおもしろいなぁー!
行けてよかった。

ウブドに送ってもらいがてら、
ウブド南部のカフェへ。

ハス池と田んぼが見えるところ。

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ここも居心地いいなー。
風に吹かれてぼーっとする。

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‘Kedai D'Sawah’という名のカフェです。

そのあと宿まで送ってもらい、
別れた。

19年ぶりの再会、
面白かった。

19年ぶりだったが、
違和感なく話していた。

おそらく、ふたりともあんまり
変わってないんじゃないだろうか。

ときどき、
10年ぶりに会っても、
めちゃくちゃ変わってる人もいる。
何があったのか、
どんより、老け込み、
死んだ魚のような目をしてる人も
(まれにだが)いる。

とにかく
元気で生きていたら
また会える。

どこでかはわからないけど
またどっかで会おう。

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by kazeture | 2017-03-16 12:50 | インドネシア2017 | Comments(0)

モンキーフォレスト

3月11日
バリ島 ウブド モンキーフォレストを散歩。
たしか8年前に一度行っているが、
どんなとこか忘れたので
もう一度行ってみた。

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森は深く、
木は大きく、
猿は図々しい。

行ってみて
よかった。


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by kazeture | 2017-03-15 16:03 | インドネシア2017 | Comments(0)

3.11

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2011年3月11日、僕はバリ島にいた。
バリで東日本の地震を知った。
バリのインターネットカフェで情報を収集した。

福島の原発が壊れて、
僕は「逃げろ」というメッセージを日本に送り続けた。

命の危険のあるものからは
一刻も早く
1メートルでも遠くへ
逃げろ。離れろ。
と。

そしてその考えは今も変わらない。

6年後の
2017年3月11日、
この日も僕はバリ島にいた。

そして、
放射能から避難して東北からバリ島に移住した友達と一緒にいた。

実際にバリに避難した当事者の
話を聞くと、
なんだか肩身が狭かったり
かつての仲間がそっぽを向いたり
ほかの人を避難や一時保養でバリに来てもらおうとしてもなかなかできなかったり…
といったようなことがある
ようだった。

いろんな事情、思惑が絡みあっている。

だけど
僕は
何がどうあっても
命が最優先だと思う。

逃げろ。
離れろ。
生きろ。

(放射能に限らず、君の命をすり減らす可能性のあるものすべてから。)

バリで再会した友達とは、
19年ぶりに会った。

生きてたから、
また会えたのだ。

僕はみんなに
生きててほしい。

誰が何と言おうと、
「生きる」という選択を
してほしい。

僕は
生きてほしいと思い続け、
逃げろと言い続けるだろう。

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by kazeture | 2017-03-15 12:16 | インドネシア2017 | Comments(0)

ハス池カフェ

3月7日
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ウブド在住の友達あやちゃんにハス池と田んぼが見えるカフェに連れてきてもらった。

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ハス池の水面の上に小屋が張り出してて、気持ちいい。

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いいトコやな〜♪〜( ´ ▽ ` )ノ〜♪

あやちゃんありがとう。

あやちゃんは「ルグ」という名前でゆるりブラ、ゆるりパンツという下着をバリで作って販売してる。
快適な着心地だと評判です。

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このお店(ワルン)の名前:
Warung Janggar Ulam


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by kazeture | 2017-03-09 10:29 | インドネシア2017 | Comments(0)

田園を歩こう

3月6日の夕方、ウブドの田園を歩きに行った。
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by kazeture | 2017-03-09 00:18 | インドネシア2017 | Comments(0)

ウブドは変わったのか?

僕がバリ島ウブドに滞在するのは8年前と6年前に次いで3度目だ。

6年前の時はウブドに1ヶ月ほど滞在し、文章を書いていた。

その滞在中に「ニュピ」という、電気を消して何も食べず一切外に出ない、つまり「一切何もしない日」というのを経験した。
(外国人旅行者は宿の部屋の中に限り電気の点灯、飲食は許されていた)

それから3.11が来た。

僕はバリで日本に地震が起きたことを知った。

…そんなことがあり、
印象的な滞在だった。

その時1ヶ月も滞在したのは、滞在しやすかったからだ。

面白いし過ごしやすいし好きだからだ。

その後、6年が経った。

ウブドに長く(24年間)住む日本人の友達は「ウブドがにぎやかになりすぎて、もういやだ」というようなことを言っていた。

いったいどんなふうになってるんだろう?

僕はおそるおそるウブド入りした。

ところが、入るや否や、いい感じのおっちゃんに安い宿を紹介してもらえた。

幸先の良いスタート。

では、宿から歩いて外に出て、ウブドを見に行ってみよう。

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この細い道の向こうに、僕が8年前も6年前も泊まった、好きな宿がある。
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あっ、この人や!
この人の宿や!
この人は僕を見るなり、
僕を指差して、「あーっ!!」と叫んだ。
「知ってるよ!覚えてるよ!!」
え?覚えてた?
覚えてるとは思わなかった。
「6年前に泊まったよ!」と言って握手した。
うれしい。
ここは田んぼビューで静かで落ち着ける環境にあり、部屋は綺麗でいい感じで、とてもいいのだ。
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で、宿代をきいてみると、
「15万ルピア」だという。
これでも、この設備だと安い。
僕が11万ルピアのとこにいるから、相対的に「高い」となるだけ。
今回は泊まらないかもしれないけど、
また来るかも。
覚えられてた、ということで
鳥肌が立つ、というか全身の細胞がざわざわした。
今の人ふうに言うと
「テンションが上がった。」

僕は喜びながらさらにガシガシと歩いた。

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カフェ・ロータスのハス池

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BAKSO!!! (鶏の肉団子。ビーフンや、何やかんやが入っている。しょうゆ味で美味い)

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世界の片隅で頑張り続けるスーパースター


ウブド市場へ
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ウブドを見た結果。

まぁ、にぎやかにはなっている。

中国人団体観光客がいっぱいいる。

しかしそれは想定の範囲内で、
べつに僕は
「そんなに変わってない」
と思った。

店が増えたり、観光客が増える…
というような変化は、
当たり前の、普通のことだろう。

そこにいる、ウブドの人たちの雰囲気は全然変わってない。

ギスギスしたりしてない。笑顔だ。

よかった。ホッ。

中国人観光客…は、僕の地元、京都にもいっぱいいるし、
世界中にあふれかえってる。

だから、「そういうものだ…」と思う。

結論、
そんなに変わってないよ。


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by kazeture | 2017-03-07 22:51 | インドネシア2017 | Comments(0)

何処とも知れぬ未来へ

3月6日
バリ島ロビナで
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朝、目覚め、

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食堂で

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朝食を取り、

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部屋にさよならして、

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バスに乗り込んだ。

山岳地帯を通り、
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池が見え、

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アグン山が見え(この写真の真ん中の小さなトンガリ)、

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走りまくり、

ウブドに着いた。

プラマ社というバス会社の発着所に着いた。

さて、僕はウブドで、
友達が泊めてくれる家に8万ルピア(700円くらい)で泊まることにしていた。
その友達は日本にいるので一人暮らしとなる。
友達は僕がバリに行くと知った時に
「最近ウブドの宿も値上がりしてるし、8万ルピアでよければうちに泊まれば?」
と言ってくれたのだ。
僕はなじみの宿もあるのでいったん断ったが、
クタ、デンパサールで宿代の高さに辟易し、
「このままだとヤバい」と思って
「やっばり泊まらせて」とお願いしていた。

ところが、
ウブドが近づくにつれ、
「そんなんでいいのか?」
という思いが強まってきた。

それでは…面白くない。

何処(どこ)とも知れぬ未来の中へ
突っ込んで行くのが面白くて
旅をしている。

まだ知らないどこかに、
なにかあるかもしれない。

宿探しをしたい。

探し当てたい。

という思いが強まり、
「宿を探そう」と決心した。

いま、急速に観光地化が進み
物価が上がり
宿代も高騰しているというウワサの
ウブド、
だからこそ僕は探そう。
と思った。

つまり、簡単に言うと、
旅人の血が騒ぎ出したのだ。

で、
プラマ社バス発着所を歩いていると、
宿の客引きのおっちゃんに
声をかけられた。

チョコレート色の顔をした
おっちゃんによると、
便利な、静かな場所にある
きれいな、
Wi-Fi、エアコン、ホットシャワー、朝食付きの
宿で、
「11万ルピア(938円)でもいいよ」
と言う。
これはかなり安い。

「じゃ、見に行くよ」
ということで、バイクに2人乗りして見に行った。

すると、
非常に便利な場所にあるが
静かで、
なかなかいい感じだった。

入り口で黒猫が招き猫のように
座っていて、
なんかいい感じがした。
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それで、
ここに泊まることに決めた。

結果的に、バリの旅の中で
一番安い宿にたどり着いた。

五里霧中の海の中に
漕ぎ出してよかった。

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by kazeture | 2017-03-07 15:58 | インドネシア2017 | Comments(0)

合理的な女

頭の髪の毛が全部ヘビになってる女の人にメデューサというのがいるが、
今日、そんな感じの人とふたり連れになった。
この西洋女性をメデュ子と呼ぶ。

メデュ子と僕は、今日、バリ島の北海岸ロビナから内陸部のウブドへと行くミニバスに乗り合わせた。
ほかには乗客はいない。ふたりだ。

僕がまずミニバスの座席に座っていた。
つぎにすべての頭髪がヘビになってる雰囲気のメデュ子が乗り込む。
メデュ子は乗り込むなり、後ろの3人掛けを占拠し、前の席の一つを「がたーん!!」と折り畳んだ。
それが折り畳めるということを知ってる、初心者ではないヤツだ。
そして折り畳んでできた空間に長い両脚をのばしている。
で、「こうすりゃ合理的でしょーが!!」
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という
オーラを放っている。
言葉では言わないが、そんなオーラが漂ってる。

僕ら2人が詰め詰めに座るより、
ひとりが3席ずつ占拠し、しかもメデュ子は椅子畳みまでして空間を確保。
ふむ、たしかに合理的かもね。

でも…。
と僕は思った。
そんなに合理的合理的、合理的だからいいでしょって詰め寄られても困る。

なにしろここはインドネシアなのだ。

ここ、インドネシアでは、例えば5人乗りの車に人間10人が乗り込み、運転席にまで運転手以外の人がもう一人座り、運転手がわきからやりづらそうに運転する。
などという事態がよく起こる。

合理性とか誰も目指してない。
合理性なんか良くも、正しくもない。

ここでは、ただ、「そうなっちゃった。」ということが起こるだけ。
それがインドネシアだ。

そこに出てきたメデュ子。
まったくの対極だ。

この合理と非合理の真ん中に僕は浮かび、状況をみる。

文明の衝突。
興味深い衝突がここで起こっている。

僕はといえば、
「郷に入っては郷に従え」で、インドネシア式のやり方に順応しようとしている最中である。

メデュ子は、ただ、自分を押し付ける。
彼女が良いと、正しいと思ってることを、
やみくもに押し付ける。

そして、それが西洋というものだ。

その「西洋」の姿が僕には滑稽に見えた。

西洋は、自分らが先だ、自分らが正しい、自分らが良いと思い込み、
早くから外部に向けてなにかをギャーギャー言っていた。

だが、インドネシアでも、同じくらい昔から人はいて、
しずかに暮らしつづけていた。

インドネシアの人は、外部に、異国に対して、なにも訴えなかった。
ただ、自分の暮らしを営みつづけた。

なにも言わずに、しずかに暮らしていた人が世界中にいっぱいいたんだよ。

西洋は、たしかに、最初に、自分らのやり方を他者に押し付け始めた。

だが、それは、はたして、正しいと言えるのか。

インドネシアが、徹頭徹尾他者を変えようとしなかったのと、
どちらが高貴な態度と言えるか?
をよく考える必要がある。

侵略・殺戮・支配しようとして異国で暴れまわるのが正しい。
という態度を、そうでない静かな国の人々がいったいどんな目で見ているか、
を想像してみる必要がある。

…と、こんなふうなことを僕は考えていた。

車窓の外は、山岳部の、美しい風景が繰り広げられていた。
が、メデュ子はまったく見ない。
「見るの、いや」って感じで拒否してる。
見るものすべてが面白い状態の僕とは、これまた対極にある。

西洋のバックパッカーには時々こういう人がいる。

西の果てからえんえんと旅を続けて、ようやく3年目にしてたどりついたインドネシア…
しかしその時点でもう、「見すぎた」「見飽きた」状態になっており、
完全に飽き、ダレているのだ。

メデュ子がどんな経緯でここに至ったのか、
僕は知らない。

だけど、これだけ見るのを拒否してる人は、
うとましい。
と僕が思うか思わないうちに、
ひとつのイメージが浮かんだ。

このミニバスが崖から転落して、転落まぎわに運転手だけ脱出。
メデュ子と僕だけが谷底に落ちた。
気がつくと…火山大噴火により、地球の生命はすべて失われ、メデュ子と僕しかいない。

というふうになることだって考えられるのだから、
なるべく仲良くしとこう。

とかなんとか思ってるうちに、
バスはウブドに到着した。

僕とメデュ子は何の挨拶も交わさず、
あっさりと別れた。

そして僕はインドネシア的混沌のるつぼ、
すなわち宿の客引きたちとのやり取りの中へと
入って行った。

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by kazeture | 2017-03-06 23:31 | インドネシア2017 | Comments(0)