風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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京都 ゆうぐれ

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写真は今日の夕方、京都四条、鴨川べりの風景。

川面に映る灯り。

空の色がいい感じ。

最近わりとよく京都の町をうろうろしている。

京都もいいもんやな、と思いながら。





たとえば今日は

京阪電車で三条まで行き、

三条駅ビルのブックオフで「いつも旅のことばかり考えていた」(蔵前仁一著)を105円で買い、

三条河原町の好日山荘(やま道具屋)をすこしのぞき、

六角通りのシサムコウボウ(フェアトレード雑貨店。感じのいい品揃え)で木製スプーンを買った。

それから河原町ジュンク堂で雑誌「トランジット」のギリシャ特集号を買った。

そんで丸亀製麺(讃岐うどん屋。うまい)で釜玉うどん(ちくわ天付き)をツルリと食べ、

もう一度ブックオフに入り「シベリアの歩き方」を立ち読み。富山からロシアのウラジオストクへ船で行く方法を調べる。

そんでドトールでアイスコーヒを飲みながら雑誌のギリシャ写真を見る。

そんで三条から四条まで鴨川べりをそぞろ歩いて夕景写真を撮ってから、帰った。



そんな感じなのだが…

これがぼくにとっては超黄金ルートだ。


どうゆうことかというと、

松葉づえ時代にはこういう動きも、なかなかできなかったのだ。


自由とは、なんて貴重なんだ。



好きな場所を好きなように歩く。

散策し、見て回り、気が向いた店にふらっと入り、買い物をし、食堂で気軽に食べ、カフェで憩う。

これができることの自由さ。

「好きなように」動けることの貴重さ…。



実際、松葉づえがあったら、食堂で松葉づえをどこに置くかにさえ気を使う。

松葉づえって案外、置きにくいのだ。(自分から余りに離れると不安だし)




丸亀製麺→ドトールが黄金ルート…

なんて安上がりなんだ。

とても、ささやかなことだ。


でもそれができない状態から考えると、ひかり輝く。


世界はうれしいことで満ち満ちている。


ちいさいことをアホみたいによろこびながら、暮らしている。
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by kazeture | 2010-09-29 23:35 | Comments(0)

かかとが…

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さきほど

お風呂の中で

正座スタイルをやってみると

左のかかとがお尻に

くっついた!




まだ、重さはかけらないけど

見かけ上は

正座ができてる感じ

(最近、日に日に接近していた)




かかとがお尻に付くなんて…


ユメのようだ…



ばんざぁーーーい!





おしり「おかえり…」

かかと「ただいま~!」
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by kazeture | 2010-09-28 23:29 | Comments(0)

歩き人ふみさん 来る

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写真
1:ふみさん・あゆみさんと、荷物を乗せたカート
2:ふたりの今日の旅路




「歩き人(あるきびと)ふみ」さんという人がいる。

地球をテクテク歩き回ってる旅人(男性)で、
ぼくは何年か前(おそらく2001年頃か?)に書店でふみさんの書いた
「歩き人ふみの徒歩世界旅行 ヨーロッパ・南米編」という本を見つけて買い、たいへん面白く読んだ。

ヨーロッパと南米をテント担いでただひたすらテクテク歩き、南米では馬にも乗って旅し、南米最高峰のアコンカグアにも登頂するのだが、
それらの出来事をなにげな〜く、ユーモア、ペーソス、詩情を交えつつ書いてある。

さりげなく飄々とした風のような感じの人、って気がした。
そして「生粋の旅人」って感じ。



さてそれから何年か経ち、「ブログ」というものが世間に浸透した頃、
ふみさんのブログをひょっこり見つけた。


なんと、
そのときふみさんは北海道から日本を徒歩縦断する旅に出て三年ほど経って中部地方にいて、

しかも途中からはサッポロで知り合ってパートナーになったあゆみさんという女性とふたりで歩きだし、

そのうえ静岡の伊豆ではぼくの仲のいい友達(みっちゅう&いづみちゃん)の家に泊まった、というではないか。


本を読んでばく然と遠くから親近感を抱いていた人が、その七年後くらいに
ふと近づいた感じがした。



この前の4月にぼくはふみさんに直接メールを送り、本を注文してまた買った。(本が行方不明になっていたため)
そしてまた面白く読んだ。

このときにメールを送り合い、ミクシィでもつながったりして、実際に会ってないけど一応知り合った。



ぼくは骨折したり入院したりリハビリしたりしながら、旅するふみさんのブログを読み続けた。
彼らが関西を通るときには会えるかな? と思いながら。



ついこの前ぼくが再手術で入院していたとき、
ふみさんとあゆみさんがテレビに出ているのを病室のベッドで見た。
「エチカの鏡」というタモリ氏も出演してる番組で、旅人の特集だった。
奈良の田舎道を歩くふたりの様子が生き生きと映し出されていた。

「とても楽しそうに旅をしてるふたりやなー!」というのが強く印象に残った。



さて、昨日の夜ふみさんのブログを見てみると、
なんと「いま京田辺市の木津川の河川敷にキャンプしていて、このまま川沿いのサイクリングロードを通って京都に入る」という。

と、いうことは…?

俺んちのめちゃくちゃ近くを通るやん!

ぼくがいつも散歩してる川べりを歩き人ふみ&あゆみが通る、というのだ。

これは会いに行かない手はない。



そうして今日の昼、ぼくは「ゲゲゲの女房」最終回を見てほっこりした気分になったあと、
チャリンコで出かけた。

堤防を走って探しに行く。
会える保証はない。
でも会えたらいいなと思っていた。



すると、
八幡(やわた)の流れ橋という橋を越えたあたりに、
いつもブログで見たりテレビでも見ていた、
水色のTシャツに麦わら帽をかぶってカートを押しながら歩いてくる、揺れる人影があるではないか!

ほんとに、いた…!



ぼくはゆっくり近づくとふみさんらしき人に
「こんにちわ」と言った。
「あ、はい」
「ふみさんですよね? さやかです」
「あぁー!」

後ろに自転車を押す連れの人がいて、その後ろに黄色いTシャツを着てカートを押しながら歩くあゆみさんがいた。

あゆみさんがふみさんに「だれ?」ときく。
ふみさん「マイミクシィの人。さやかさん」と紹介してくれた。

自転車の人はギョンさんといい、ふみさんの友人で、大阪の吹田から会いに来られたそうだ。


四人で近くの四季彩館という施設のレストランへ行き、ぼく以外の人たちは昼食を取りながら話した。

ふみさんとあゆみさんの旅のこと、テレビ撮影秘話、これからの大まかな予定、ぼくの骨折の話、ギョンさんの骨折の話など、語り合う。

ふみさんが日本縦断の旅に出て北海道の知床を発ってからここに来るまで、五年かかっている。
北海道から京都までに五年。
日本縦断が終わるまで、あと何年かかるのか…?

でもべつに本人たちはなにもことさらゆっくり行ってるつもりもなく、ただ自分のペースで進んでるという感じ。

ふみさんとあゆみさんは実際に会う前と後で、なにも印象は違わなかった。

きっと本でもブログでもテレビでも、まったくそのまんまの人たちなんだと思う。

のんびりした、ゆる〜い感じで、なんかいいなぁ。

ぼくが知ってるいろいろな人の中でも、トップレベルののんびりさ…かも。

楽しかった〜!

会えてよかった。

ふみさん、あゆみさん、ギョンさん、
どうもありがとうございました〜!!




今夜、ぼくがいつもうろうろしてるあたりの川辺でおふたりがキャンプしてると思うと、
なんか不思議だ。



楽しい旅を続けられますように!



そしてぼくもリハビリが終わってまた旅に出られて、
どこか旅先で会えたらいいな。





ふみさんブログ「歩き人ふみの徒歩世界旅行 日本・台湾編」:http://ameblo.jp/kfumi/

あゆみさんブログ「ただ歩いてゆく旅」:http://ayumiaruki.exblog.jp/

*あゆみさんの文章も、ふみさんに負けず劣らずいいです。
旅で湧き起こる感覚みたいなのを表現するのがうまいなぁと思う。
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by kazeture | 2010-09-25 21:37 | Comments(0)

ひざが曲がるうれしさ

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ひざの骨の金具抜き取り手術の後、

急激にラクになった。



自転車に、普通に乗れる。

椅子に座ったとき、左足をちょっと前に出さなくてもいい。

痛くない。

ひざが普通に曲がる。



それが

こんなに

ウキウキすることだったとは!!




ひざが曲がることは

ただの、普通のことだと

思ってた。(ケガする前は。)



喜びを伴ったりはしない、いたって当たり前のことだと

思ってた。




普通のことって

こんなにうれしいことだったのか!!?




う・れ・し〜〜〜〜♪

ウキウキウキウキ〜♪





思えばヘコんでたな〜

7、8月頃。

曲げると痛くてブルーでヘコんで

いやな感じの日々やったな〜。



痛みなし曲がりひざはイイ!






1994年夏の北海道の原野に張ったテントでカミナリに遭って

「完全に死んだ」

と、ほんとうに思って

そのあと

気がつくとひょっこり生きてて

それ以来、

「生きてるだけでうれしい!」

という状態になったことを原点としてるぼくだけど

そういうことをまた感じている。





生きてるとか

ひざが曲がるとか

そういう一見普通で当たり前なことを

喜び おもしろがり

うれしさをかみしめながら

生きてくのだー!





原点だ!

「生きてるだけでうれしい」

「ひざが曲がるだけでハッピー」
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by kazeture | 2010-09-24 14:47 | Comments(0)

山歩記 3 夜と朝

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万二郎岳(1300m)と伊豆最高峰の万三郎岳(1406m)を越え、ブナの森をくぐり、八丁池に到着したときには
もうヘトヘトになっていた。

もう歩けない。もう限界。というぐらいに。


しかし着いてみた八丁池はとても静かで穏やかで、休んでると身心もいい感じにホワンとしてきた。

こういうなにもない誰もいないところでひとりきりで一泊できるというのは、心おどる。



八丁池のそばの木立の中で眠ることにして、今回あたらしく買ったシェルター(簡単なテントのようなもの。すごく軽い)を設営する。

夕食は伊東駅前で買ったカロリーメイトのようなもので済ます。
今回は軽量化最優先のため、コンロ、鍋、米などは持ってきていない。


あたりが真っ暗になった。
池のほとりでたたずむ。
暗くなるにつれて霧が出てきていた。




突然、森のほうから「ドスッ!ドスッ!」という大きな足音が聞こえた。

えっ?! なんだ?

その足音の大きさからして、ゴリラかクマか巨人かイェティ(雪男)かなんかのような気がした。

硬直してしまった。


しかし考えてみるに…、どうも、大きな鹿らしい。

山でテントを張っていると、鹿というのはよく偵察にくる。

ぼくはここでは闖入者だ。おとなしくしとこう。

そそくさとシェルターにもぐりこむ。

その後、いろんな方角から鹿(と思われる)の鳴き声が聞こえた。

夜に、池のほとりに出てきて食べるものを探しているようだ。


さてぼくは疲れもあり、19時か20時くらいには眠ってしまった。




夜中、目を覚ました。

ん…?

まわりが明るい。

あかるすぎる。

まるで昼間かと錯覚するほど。

時計を見ると0時過ぎだ。

なんなんだ、この明るさは?

星か!

星しか考えられない。

人工の明かりは何もない場所だ。


外に出てみた。

木々のすき間を貫いて、ギラッと銀色の光が目を射た。

あぁ、月か!


池のほとりに出る。

黒い森の縁に突き刺さるように巨大な半月が銀色に光っている。

すごい光だ。

ぼくの影もめちゃくちゃくっきり出ている。

そして、星もすごい。

月にも負けず、星たちも光りまくっている。

霧もなくなっていて、雲もない。風もない。音もない。

静かな夜中の湖畔で星の光に降られている…。

しばらくぼうぜんと突っ立ったあと、またシェルターにもぐりこんで眠った。

なんだかしらないが、不思議な感じだった。




さて朝になると、もうひとつのスターが目に飛び込んできた。太陽だ。

森の端から太陽があがり、池にも映り、ふたつの太陽があたりを照らし、あたためる。

夜露に濡れたシェルター、寝袋、マットを陽の光で乾かす。

すべてをザックにしまいこむと、ぼくは最後の歩きを歩きだした。


展望台があり、登ってみた。

快晴の空のもと、緑の山々が見える。

そして八丁池の向こう側に、富士山が顔を出している。

こんちわ〜。富士山こんちわ〜。


八丁池から天城峠へ。

この道筋にもたくさんのブナが生えていて、目を楽しませてくれた。

そして最後にたどり着いた天城峠にも二本の大きなブナがあった。

なんだか「天を支えてる」ような枝ぶりだ。

昔から峠を往来する旅人たちを見守ってきたんだろうな、と思った。



天城峠というバス停から河津方面へ下るバスに乗る。

さぁ河津温泉に入るぞー。

心地よい疲れに包まれていた。




さんぽ記 おわり
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by kazeture | 2010-09-23 14:51 | Comments(0)

山歩記 2 ブナの森

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天城山を歩いて出会った、ブナの森。



万二郎岳から万三郎岳に向かう道の途中からブナが増えはじめ、以後、万三郎岳〜八丁池〜天城峠にかけては、たくさんブナが生えている。

ブナの原生林だ、とのこと。

ぼくの目はブナに釘付け…。



生命力に満ちた枝ぶり。

とても不思議な生え方をしているのもいる。

そしてかもしだす、たおやかな雰囲気。

いったい何年生きているのか? この巨木たち。

すごいなぁ。



また会いに行きたい木々たちだ…。
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by kazeture | 2010-09-23 14:46 | Comments(0)

山歩記 1 不安とともに

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「山歩記(さんぽき)」

ということで、この前(9月4日、5日)の山歩(さんぽ)について綴ってみようと思う。




とてもどこかに行きたかったし、山にも登りたかった。夏だから。

でも、今のこの足(左ひざが90度くらいしか曲がらない)では穂高などの高い山は無理だ。

それで出てきたのが伊豆の天城山(あまぎさん)である。

伊豆は好きだし、天城山にも以前から興味はあったが、いまだに手つかずだった。

低いからである。もっと高い山ばかり目指していた。

でもひざが不自由な今は、その低さこそが必要だった。

バスで1000メートルほど登り、そこから歩く。高低差は、さほどない。
そして下りも、バスを使うことができる。ケガをした左ひざのおかげで下りが苦手なので、バスを使って下山できるのがポイントだ。

それで白羽の矢を立てた。





で、登りはじめてみると…普通の、登山である。

普通の登山道をゆく、登山。

大丈夫なのか?

俺はちゃんとやりおおせられるのか?

この足で。ひとりで。


不安が頭をもたげた。



意識が状況を作るんだから、意識の持ちようが大事だ。と、普段思っている。

この場合も、不安などは抱かず、大丈夫だと思っていたほうがいい…と頭では思っても、

不安が勝手に湧き出てくる。どうしようもなく。



「意識を飼い慣らせ」なんて言ってみても、今の俺は全然だめだ…。不安まみれじゃないか。

と、不甲斐なさを感じながら歩いていた。



黒雲のようにわき上がる不安やおそれを、どうしたらいいのかわからなかった。




万二郎岳の頂上で、山好きな老夫婦に出会った。
おじいさんが77歳、おばあさんが74歳。
この山は三度め、とのこと。

ふたりは大変仲がよい。
ずっとニコニコ笑っている。
いい感じ…こっちまで明るくなる。

おじいさんは地下足袋(じかたび)をはいていた。
かっこいい!
俺も買おう、と心に決める(前から気にしていた)。

ふたりの笑顔に見送られ、意気揚々と出発する。




が、すごい急な下りになり、困る。
はしごや、ロープなどもある。
ゆっくりと行く。

不安は消えない。




ブナの森がはじまり、心をなごませながら歩くことができるようになった。

ブナの写真をたくさん撮る。




そして、今日一日で行く予定の行程の半分を越えた。

「半分を越える」ということは、引き返すほうが長くなるということであり、

もうやるしかない、という状況だ。



そのとき、変わった。心が。



大丈夫だ!

と思ったのだ。



大丈夫、行ける。



「どんどん行ける」という感じの、登山ハイとでも言うべき状態になった。




はじめ、どうにもなじまなかった(この半年、あまりにも違う生活をしていたから)登山の世界に、ようやく体がなじんだ。

それまではギクシャクしていた、と思う。

体がなじんだら、心もノッてきた。

体と心がなじんではじめて、流れに乗ることができた。




こうなればもう平気だ。




意識を変えたのは、「ある程度時間をかけてそこになじむ」ということだった。


いろいろ勉強になる…。




そうしてぼくは霧の中のブナ原生林をどんどん進んで行った。
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by kazeture | 2010-09-23 14:36 | Comments(0)

金具を抜いて

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手術を受けてひざのお皿の骨から金具を抜いてもらってから何日か経ち、
傷口の痛みもなくなってきたので
ひざを曲げたり伸ばしたりしてみている。


曲がりやすい。


以前のように痛み、違和感を感じながら曲げるのではなく

痛みなくスムーズに曲がる。



ものすんごくうれしい!!



超ハッピーだ!!




ひざ曲げの最大角度は変わらないのだが、

「痛みを伴わない」ということが素晴らしい。




以前は金具が入ってて痛み・違和感があるのに「曲げねば曲げねば」とぐいぐいやってて、苦しかった。

痛みを感じるたびにブルーな気持ちになり、気持ちに身体も支配されて、どんよりしていた。

痛いのがいやなのでついサボると、サボる自分がいやに思えたりしたし…

そういうジレンマから解放された!




いや〜、よかった。





これからさらにリハビリして、

正座できるまでになりたいと思いま〜す。







あと、

今回の手術で

「ひざに付いていたケロイド状の傷跡を全部取っておいた」と医師に言われた。

ぼくはケロイド体質らしくて傷跡が大きく、ミミズかムカデが張り付いてるみたいに残っていた。

(これは体質による個人差があり、ほとんどわからないくらいにまで傷跡が消える人もいるらしい)


今回の手術では前回と同じ場所を切開し、ついでにケロイドを取った、と…。

で、今はまったくサラの状態でまた縫い合わされたので
これから前回と同じ経緯をたどれば、
また同じようにケロイドになるだろう。


そこでぼくは今回、
あんまり傷跡が大げさに残らないように
「手当て」と「祈り」を毎日ほどこしてみることにした。

傷跡がいやでたまらないというわけじゃないのだが、
同じことが同じ場所で繰り返されるのなら、
実験してみようと思った。

果たして、手当ての力、思いの力は現実に影響を及ぼすだろうか…?







とにかく

「ひざを曲げても痛くない」というのは素晴らしい。


秋の空のようにスッキリした心地だ。
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by kazeture | 2010-09-20 21:33 | Comments(0)

うれし涙

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写真(伊豆天城山)
1:池のほとり
2:山中の宿り
3:さしてきた光





この前(8/28〜9/6)の信州と伊豆の旅について。





8月28日の朝にぼくは旅立った。京阪電車に乗って。

藤森(ふじのもり)という駅まで行く。

その車中でのこと…

「はぁ…やっと旅立てた」

と思った。ら、

目ん玉から水がこぼれ落ちた。

え? なに?

な、泣いてる?!

泣いてんの俺?!

旅に出るのがうれしくて、泣いてるー!

足をケガしてリハビリしててずっと旅に出られなくて、ついに出た。

それにしても、ぼくが泣く、特にうれし涙を流すというのは珍しい。

というか、皆無だ。

小学三年生くらいのときに映画「怪物くん・デーモンの剣」を観て、
ぼくの好きな怪物くんがピンチのときにあまりにも頑張ってて、感動して泣いたことがある。

しかしそのあとはめったに泣いてない。

そんなぼくが泣いている。

よっっっぽど、旅に出たかったんやな…

よしよし、

そんなに出たいんなら、

出るがよい…

という気分になった。


案外、自分でも自分を把握できてなかったのだ。

今はリハビリ期なので行けなくてもしょうがない…と自分を言いくるめて。

でも自分の体、細胞、タマシイは行きたがってた。

これだけは止められない、ということがよくわかった。

ぼくは「生涯一旅人」(しょうがいいちたびびと)として生きるのかもしれない…。





さて、信州ではまず安曇野を歩き回った。

安曇野の空気はおいしくて思わずニヤニヤした。

そのあと松本在住の友達に美ヶ原、諏訪、戸隠を案内してもらい、たいへん面白かった。

連れてってもらった温泉もすごくよかった。

町のそこここで湧きだす水はどんどん飲めて、こりゃ体がきれいになるやろな〜、と思った。


友達が友達を紹介してくれて、その人の家に泊めてもらった。

その人は関東から移住してきて、庭付きの平屋にひとりで暮らしていた。

ふとしたきっかけで松本に移住して数年、こちらでいろいろ友達もでき、そのつながりの中で暮らしているようだった。

その人は初めて会った気がせず、親しみがわいた。


それまでほとんど知らなかった松本という場所…

ぼくはこの地の空気、水、そして人に、受け入れられているのを感じた。なんとなく。


あくる日ぼくはこの地を去りながら、
「人間いたるところ青山ありやな〜」と思った。

これは「人間(じんかん=世間)にはいたるところに青山(せいざん=お墓)がある。どこにでも花を咲かせ、骨を埋める場所はある。だからどんどんどこにでも出ていけばよい」…という意味の慣用句だが、

全然知らない場所にポッと行っても、行ったら行ったでなんとかなるだろう。

そんな気持ちになった。

軽い風が吹いた…。





信州から伊豆に向かい、伊豆の山に登った。天城山、1400メートル。

誰にも言わずに登った。

登り始めてみて、自分が大変なことに挑戦しはじめてしまったことに気づいた。

ぼくの左足は曲がりが悪く、しかも痛くなりやすい。

そのため、一歩一歩、一瞬一瞬がまったく油断のできないものになったのだ。

一人で行っているため、もしアクシデントでもあって足がどうにかなって歩けなくなったら、にっちもさっちもいかなくなる。

それでぼくは非常に緊張した。

また、初めのうちは不安も感じた。

山歩きの流れに乗るうちに不安は消え、大丈夫になってきた。

ぼくのその危機的状況が、そこを1400メートル以上の、3000メートルの高峰のような状態に変えた。

感覚は研ぎ澄まされ、肉体は全身全霊で活動する。

厳しい状況に直面した時だけに自分の皮膚の表面に流れるオーラのようなものを感じた。

それを感知するとき、ぼくは「生きてる」と感じる。

山中一泊で17キロの歩行を終えて天城峠に着いたときには、「やりきった!」という感激、充実感が押し寄せてきた。

とてもうれしかった。

そしてこういう体験を自分が必要としていたと感じた。


この半年、足のひざを自分の過失で折り、停滞し、医師の言うことを聞き、誰かの忠告を聞き、ぺこぺこぺこぺこと暮らす日々、すっかり自信を失っていた。

そんなぼくが計画から準備、状況への対処、危機の回避などをすべて自分ひとりの力でやりとげ、見たかった景色を見に行けたことで、

「できる!」

という自信を取り戻すことができた。


心の底から「行ってよかった」と思った。





そのあとちょっと東京に寄り道して、気心の知れた友達に会った。

その友達にこの伊豆での山歩きのことを伝えると、

「なんでそんな(アホな)ことを…」

と言ってあきれて、まじまじとぼくの目を見つめたあと、

「でもそれがやりたいんだねぇ、どうしても。

それをやることが、清火くんの『生き甲斐』なんだねぇ」

と言った。

そうやねん! とひざを打ちたい気分だった。

やむにやまれずやってしまう、自分の生きてる意味にかかわること…なんだ。

それがわかってもらえるのは、うれしかった。

気心が知れててよかった。





旅の帰りには浜松で餃子を食べた。
石ちゃんも「まいう〜!」と叫んだという浜松餃子!
ついに食べた。
うまかった。






この旅は期間は短く、さほど遠くに行ったわけでもないけど、大きな満足感を与えてくれた。

「行ける」という、ただそれだけのことにうれし涙を流し、
人間いたるところ青山ありと悟り、
生きてると感じ、
できるという自信を取り戻し、
友達と生き甲斐を確認しあう。

そういうのはなかなかない。

うれし涙とか、生き甲斐とか…。

それは、ケガをして停滞し、しょぼくれた日々を通過したからこそ、得られた。

ずっと順風満帆でいつでも行けるという状態が続いていたなら、「行ける」という感激にうち震えることもなかった。

自分がなんのために生きてるのかを改めて感じることもなかった。

このケガがそれを与えてくれた。


そしてそれは、

「このケガ自体が、どこかの誰かさんがぼくの人生に贈ってくれたギフトだ」

ということを表していた。





うれし涙を流せるような人生を過ごせてよかったナリ!(急にコロ助調)

ケガよ、ありがとさん。
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by kazeture | 2010-09-18 19:09 | Comments(0)

秋か…

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夕暮れ。風が吹いている。涼しい。

秋か…。



手術って、疲れる。

退院して帰ってみたら疲労困憊(こんぱい)していた。

だから前回は手術後二週間も入院して安静にしてたんやな、とわかった。


「体への負担が大きいから老人は骨折しても手術しない」と聞いた。

わしももう若くはないのだしな…。

若かった二十歳の頃からはもう18年も経っているのだ。


疲労困憊してたので二、三日放心状態にあった。

退院の翌日は頭痛とダルさがあった。


今日はもうダルくない。普通な感じ。

診察に行った。

特に問題なし。抜糸は五日後。


金具を抜いたので、ひざを曲げたときの痛み、いやな感じ、違和感が消えている。

うれしい。


復活へのカウントダウンは始まってる。

リハビリは続く、そして、歩け。

夏だろうが秋だろうが、歩くのだ…。

誰よりも歩くのだ、走れないなら。
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by kazeture | 2010-09-16 18:28 | Comments(0)