風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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抜糸へGO!

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いま、病院の待合所にいる。

手術から二週間、今日は抜糸の日だ。

手術で縫い合わせた糸を抜く。

それが済んで傷が異常なければ風呂に入れるようになるらしい。

もうすぐ名前を呼ばれたら、

医師の前にノコノコとしゅっと


↑ここまで書いたところでレントゲン室に呼ばれた。

「出頭」と書こうとしたのだが

レントゲンのほうに出頭してレントゲン写真を二枚撮られた。

レントゲン…なんなんだ…なんで俺の脚が透けて写るんだ…?

不思議…不思議…たしかレントゲンさんが考え出したんやんな?

おもろいこと思いつくおっさんやなぁ。

たぶんおっさんやと思う。


不思議と言えば、「麻酔」も不思議であった。手術のときの。

な…なんで俺の下半身…うごかへんの? なにも感じひんの?

どうなってんの? 麻酔ってナニ?

うぉー、下半身だけ感覚ないって気持ちわるい!

っていう感じだった。

原始人はマゴマゴするぜ!




松葉杖でバスに乗って出かけるのにも慣れてきた。

さっき、バスでヨボヨボのおばあさんと乗り合わせたのだが、

そのばあやは近くの席に座らず、わざわざ遠ーいとこにいるぼくの隣に座ろうとした。

「オトコ…オトコの人の…隣がいいっ!」と言いながら。

ばあさん…なんなんだいったい…。八十歳くらいか。

わけがわからないので会話は控えといた。




「グスマン・ロベルト様!」

と、待合所で整形外科に呼ばれた人がいる。

見ると、外人の男。

ロベルト様…いったいなにゆえここに?

スペイン人? ブラジル人? 雰囲気的に。

ロベルト様。なにしてるの? どうしたの? しゅみ何? お寿司はどれでも食べれるの?

疑問は尽きない。




抜糸に呼ばれた!

傷あとが露出される。

ピンセットで糸をつまんで引っ張って小さなハサミで切ってゆく先生。

糸を引っ張られるときの感覚が気持ち悪いが、なんとか耐える。

釣糸みたいな素材の糸かなぁ。10ハリくらいあった。

お風呂は明日から入れる、とのこと。

嗚呼あこがれのお風呂よ!

しかしお風呂にはいるのも四苦八苦するんだろうけど。



そして先生はレントゲンを見て言った。

「いい感じなんで、もう今日から全加重で行ってみましょう!」

「ぜ、全加重ですか?!

ってことは…歩けるということですよね?」

「はい、はじめは難しいと思いますが、それを目指していくということです。骨は、もう大丈夫なのですが、痛みなどでなかなか難しいはずです。だんだん重さをかけていってください」

「はい」

というわけで、骨折したほうの足に全加重かけてもいいとのこと。

でもいまはまだ左足になかなか力が入らない状況であり、全加重をかけて歩くのにはほど遠い。どのくらいかかるのかな〜。

千里の道も一歩から!

じわじわ行くぜ。




そのあとリハビリを受ける。

ひざはだいぶん曲がるようになり、たぶん直角近くまで曲がっている。

両足をまっすぐにして立ったときの、左足裏への体重のかかる感覚も、かなり取り戻してきたようだ。

ただ、左足に、なかなか力が入らない。

ひざを曲げて椅子にすわってる状態で、爪先が持ち上がらない。

力を入れることを忘れてしまった足…。

ひざの上のふとももの筋肉に力が入らないと自力で持ち上げられない。

むむむ〜む、これは…

家でゴロゴロしててもいっこうに鍛えられないな。

歩こう…松葉杖で。

できるだけ歩き回ろう。




さて帰りもバスに乗り、松葉杖をつき、無事に帰ってきた。




ぼくの世界から、「急ぐ」ということが消えている。

急ごうにも急げないし。

そしてその変わりにもう一方の世界が立ち上がってきている。

時間も空間も間延びしてゆく。

そのスキマに

なにかがあるようだ。




*写真はバス停からの空
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by kazeture | 2010-02-27 14:49 | Comments(1)

インド効果

以前りょうちんという女性とつきあっていて、2009年は一年間おつきあいを休止していたのだが、最近また復活した。今回のほうがいい感じである。

やはりインド効果だろうか。

去年インドの大地をウロウロしてインド人たちと価値観が違うことでさんざんイライラしたぼくだが、価値観が違うことでイライラするのは変だ。という結論に行き着いた。

インド人はインド人であり、ぼくはぼくである。ぼくの価値観を相手にわかってもらう必要もないし、押し付ける必要もない。

それより照り笑うおひさまの下それぞれがきげんよく暮らしてたら、それでいいじゃないか。

という感じになった。

インド人のパンチ力はすさまじくて、一瞬ぼくは自分の尊厳が汚されたような気がして怒り狂ったりしてたけど、よく見るとインド人たちはぼくの尊厳を汚そうなどとしてるわけではなく、ただ彼らの流儀のまま、そのまんま生きてるだけだった。しかもどこまでもあっけらかんと朗らかに健やかに愉しく生きてる。

それを見て、ぼくが自分の流儀を押し付けようとカリカリすることのバカさをさとった。

そんなことをしてるヒマがあったら、自分で愉快だと思うことに没頭しとけっつーの。

ぼくはインドでそんなことを受け取り、帰ってきた。

そんで、なんだかんだあってまたりょうちんと出会ったんだが、今回と前回は違った。

相手がぼくの動いてほしいようには動かない。それを以前は相手のせいにしていたのだが、今はそれが自分のせいでそうなってるとわかる。

今、もしカリカリすることがあってもそれはぼくがそう思うというだけのことであって、それ以上でも以下でもない。

相手にそう動いてほしいというのはただのぼくの意見にすぎない。
もしもそう動いてほしいのだったら、うまく立ち回ってなんとか説得するか、ケーキでもあげて懐柔するか、あるいは自分の気持ちを操作してその気持ちをコントロールするか、しかない。
要するに自分自身の器量にかかってるというわけだ。

すべては自分の器量にかかる。って思うのは、すべてが相手の器量にかかってると思うより、何千倍も楽チンである。

「何もかもがぼくのせい」ならば、何もかもを自分の力で改変することができる。

そう思うことの気楽さを知って、今ではのんきにつきあっている。

インド人に激烈パンチを食らわされてヘコんだ日々が、こんなふうに生かされてよかった。

インド人があそこまで激しく個性的だからこそ、ぼくの意識の改変が起こったのだ。

もちろんインドだけではなくすべての経験、すべての旅、すべての出会いがぼくを改変しながら運んで行ってるんだけど。

とにかく、この世はうまくできてるなぁと思う。
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by kazeture | 2010-02-25 20:38 | Comments(0)

松葉杖でバスに乗る

松葉杖をついて歩いてバスに乗り、病院に通わねばならない。

今日がその一日め。



松葉杖というものを使った歩行は、スローモーである。

すべての動作はゆっくりとなる。

それはそれで良い。

松葉杖が見せてくれるゆっくりとした風景には味があるから、

それを楽しんでいたら良い。



でも、「バスに乗る」となると…

あのバスの世界と松葉杖の世界がそぐわないような気がして

すこし躊躇してしまう。



だけど神の敷いたレールの上にこのプログラムも入っていた。

だから、やるのだ。



病院では守られていた。

家でも、守られている。

すこしずつ外へ出て行く。

冒険の旅がはじまって行く。

大幅に制限された体でどのように動けるのか、身を持って試すのだ。




まず家を出てバス停まで歩く。

ゆっくり歩く。

長距離松葉杖歩行に慣れてないから多少は疲れるが、座り込むほどではない。

駅のバスターミナルへ。

ベンチに座って待つ。

しばらくしてバスが来た。

「ノンステップバス」だ!

乗り込みやすい。

ピョコンと乗り込む。

体の不自由な人の席に座る。

ノンステップバスは良いな。

この路線は八割がノンステップバスだと聞いている。

ノンステップバスの良さを自身で初めて感じた。

ぼくの住む街もいつのまにか進化していたのだ。



さて、五分で病院の前のバス停に到着。

190円を握りしめながら松葉杖をつくという高等テクニックで出口へ進み、お金を払ってありがとうと言ってバスを出た。

やったー!

できた。




病院で診察を受ける。

傷の経過は順調。

三日後に抜糸となる。

抜糸のあとは風呂に入ってもよくなる。



そのあとリハビリ。

ひざの上のふとももの部分に力を入れないと脚を持ち上げられない。のに、それが難しい。
筋肉の特定の部位に指令を出すのが難しいのだ。
それを理学療法士さんはあの手この手で筋肉の感覚を呼びさましてくれる。
それで少しひざの上の筋肉に力を入れることができるようになった。
さすがだと今日も思った。


とにかくこれからは理学療法士さんと二人三脚の日々。


じょじょに、じょじょに、ひざを曲げたり立ったり歩いたりできる方向に進んで行こう。




帰りも滞りなくバスに乗って帰って来ることができた。


ほっ。




なんでも、初めての時だけが別格だ。

初めてのことは、ぼくにたくさんのことを教えてくれる。

いろんな教えをありがとう。
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by kazeture | 2010-02-24 16:22 | Comments(1)

退院しました

今日のお昼ごはんを病院で食べてから

退院しました。




病棟のかんごふさんたちに挨拶し

リハビリ先生と今後の打ち合わせをしてから

退院して

タクシーで家に帰りました。




やった〜

よかった。





12日ほど前の朝に何気なく部屋を出て

その日の夜に帰るはずが

予期せぬケガ、入院、手術などがあり

12日のびて帰った。




その部屋でいま、ゴロゴロしてる。

ほっ。



ひざはまだよく曲がらないけど

とりあえず

ほっ。





これからまたあたらしい旅がはじまる。






ありがと〜 ありがと〜

みなさんのおかげさまであります。

応援はげましありがとう。

パワーを送ってくれてありがとう。





ぼくはまた歩けるようになりま〜す!
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by kazeture | 2010-02-22 14:10 | Comments(1)

病室の空

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病室から空が見える。




以前はいつでもその下に歩いて行けた。

いまは窓から眺める。




窓の外を鳥が飛び去る。





右下のところに、ぼくが通っていた中学の校舎がちょっと見えているのが

なんか不思議。
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by kazeture | 2010-02-22 09:19 | Comments(0)

退院前夜

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2月21日 入院12日め

あす 退院します



看護婦さんたち ありがとう

看護婦さんたちの働きはほんとうにすごいなぁ

尊敬する。

やさしく、気持ちのいい、かわいい看護婦さんがいっぱいいた。

すばらしい!

このご恩はけっしてわすれません。





ここの食事おいしかったな〜

和食。あっさり。野菜中心。

つくってくれてたひと、どうもありがとう。





「T字帯(てぃーじたい)」というものがある。

病院の売店で売ってる病院グッズで、

手術時と手術後に着用するように言われる、

ふんどしのようなもの。

ようなもの、というかふんどしと何ら変わらないのだが、T字帯と呼ばれる。

白い綿でできている。

これをぼくも手術以来使っているが、便利で良い。



ふんどしはいいぞー!

(ぼくはここ数年ふんどしを愛用)

特に今のぼくのようにひざが曲がりにくくて爪先に手が届きにくい者は、トランクス型のものは脱ぎはきしにくい。脱いだりはいたりするときに片足立ちにならざるをえず、ぐらぐらする。また、ゴム部はリンパ腺やいろいろなものを圧迫する。

そういういろんな問題はすべて消える。

トイレでもやりやすいし…

とにかく時代はふんどし(かT字帯)である。

両足を大地に踏ん張ったまま脱ぎはきできる…ばんざーい!

今の白いT字帯をお洒落な藍染めなどにして、マチュピチュやピラミッド、ストーンヘンジなどにくりだしたいものだ。

とにかくゴムでリンパを圧迫しても、なんら良いことはないと思う。

きみにもふんどしの足音は届いているだろうか?





タカハシ大輔…スケートでくるくるまわる…彼もひざの靭帯を断裂して大変やったらしいねぇ。

リハビリ一日十時間。

つらくてつらくて逃げ出して行方をくらましたこともあったそうな。

でも完全に復活した。

それを聞くとはげまされる。
と同時にリハビリの過酷さに戦慄が走る。


最近ずっと「ぽよ〜ん」としてたので
「戦慄」などというコトバがぼく的に場違いな感じがするけど、

ふにゃふにゃしたうどんにかかる七味のように、

ピリリとしたスパイスが人生にふりかけられたということだろう。


友達からもリハビリについて
拷問、地獄、泣きながら通った、などのメールが届くし

焦らず無理せず行けというヒトが多い。


むぅぅ〜〜む、

ちょっと(ピーク時に)どうなるのか想像不能だが、

想像もできないような体験を与えてくれて

神さまサンクス!
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by kazeture | 2010-02-21 19:59 | Comments(0)

あさって退院

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あさって2月22日月曜日に退院することになりました。

当初は二週間と言われてたけど、九日間で出ることに。

出てからは、おうち(実家)に住んで、自宅で療養しながら
リハビリのために病院に通う日々となります。




リハビリ…昨日からケガをした左脚にも体重を二分の一かけてもいいことになった。

まったく体重をかけてなかった脚に、じょじょに体重をかけて立つ練習をする。

ケガをしてるので非常におそるおそる試みる。

左脚全体が「体重をかけるってナニ?」っていう状態になってる。それが自分で奇妙だ。

二週間ほど前は普通にしてたのに、衝突して骨折して腫れて手術して包帯まみれで寝込んで…とゴタゴタやってるあいだに左脚はわけがわからなくなってたのだ。

それをあの手この手で思い出させる。
お前も立つために働くんだ…ということを。

そのあの手この手を、リハビリ先生(理学療法士さん)はいろいろ知ってる。さすがだ。

そうして…松葉づえをついて、左脚もすこしついて、なんとかヒョコヒョコと歩きはじめた。




このところ、いろんな人たちがいろんなところから
お見舞いに来てくれた。

来てくれる、って、うれしいなー!

みんなどうもありがとう。

ヒーリングやマッサージをしてくれたのもうれしかった。

人の手があたってると、きもちいい。
人のてのひらのぬくもりはとてもきもちいい。

お見舞いの品々や手紙やお見舞い金までも…

ありがとう!

ほんと、いてくれてうれしいッス。

「そこにそのひとがいるというのはめちゃくちゃ重要です」




写真はそのなかの一組、わざわざ京都北部の綾部から、自身も左脚を骨折してるのにお見舞いに来てくれた

てっちゃん(テツアキ)&ヨシトラとぼく。

(髪の短いのがぼくですよ)

てっちゃんも昨秋骨折して、先輩だ。

それだけに気持ちが通じ合う。

寝返りのできない苦悩、はじめてうつぶせになれた瞬間のヨロコビなどについて語り合う。

てっちゃん(すでに松葉づえ一本状態に移行済み)に松葉づえのつきかたを習い、

ヨシトラ1歳から歩き方を学んだ。

(写真の撮影はてっちゃんのおくさんのさおりちゃん)

ありがと〜!

たのしかったよ。





入院患者として収容されてるのも残すところあとふた晩。

この状態を堪能しよう。
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by kazeture | 2010-02-20 19:26 | Comments(2)

ギプスからの解放

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今日で手術後六日め。ひざのお皿を割って入院してから十日めだ。

ぼくの入院してる部屋は八人部屋で、主に整形外科で骨折の手術を受ける(受けた)人が入っている。

入れ替わりが激しいが、だいたい六人くらいはいつもいる。

みんなが寝たきりで自分の痛みにのたうちまわっているため、相互の会話はあまりない。(顔を見合わせられない)

ただなんとなくほかのひとの存在を感じて心で励まし合いながら、それぞれが自分のことをやっている感じだ。



ここに昨夜、うるさいオッサンが入室してきた。痛い痛いと騒いでいる。階段から落ちて骨折したらしい。

夜9時の消灯をすぎて、真っ暗な中、そのオッサンに輪をかけてうるさいオバサンが病室に乱入してきた。(音だけが聞こえてくる状態)

「こらーっ!オッサン!こんなとこでなにしとんじゃ!」
「あ?階段から落ちて骨折ったんや、ほね」

オッサンの奥さんらしい。オバサンは大声で騒ぎ、看護婦がふたりくらい来てなだめようとしている。

「なになさけないこと言うてんねん!帰れ!帰ってこい!」
「え?そらおかしいやろ。骨折れてて手術するんやで?」

「うるさいんじゃ!」
オバサンがオッサンの胸ぐらにつかみかかり揺さぶってる雰囲気。

「いっ、いたーーっ!」
「骨折れてるんですよ!」(看護婦も叫ぶ)

オバサン酔っぱらってるみたいやな…

その後オバサンは出ていき、遠くから大声が聞こえてきたが、そのうち警察官に連れられて行った。

人生いろいろあるなぁ。




さて、一昨日の夜、「ギプス(正確にはシーネ。脚の裏側を覆い固定していた)をはずしてもよい」という許可が出た。

やったー!

これがめちゃくちゃうっとおしかった。

固定して、傷に響かないようにしてくれてたのだが、とにかくベッド上でうっとおしい。

これをつけてぐるぐる巻きにしてベッドの上にいると、左脚はピクリともうごかせない。うごかない。

左脚だけがピクリともうごかないが、全身はうごきたがっている。

ベッド生活が長引くと、体がうごくことを求める。なのにピクリともうごかない左脚。
そのまま眠るのが…とても寝苦しい。

とにかく体とは、いつもじわじわと地味にうごきつづけたがっている。ということがわかった。

で、はずしたくてたまらず、先生に訴えてみたら「いいよ」とのことで

解放された。

やったー!

ふわーー。

皮膚呼吸できないことも苦痛の原因か。


これで寝返りもうてる(傷をかばいながら)し、自分で脚をうごかしたり揉んだりして自主リハビリもやりやすい。

まだ仰向けに寝て左脚を上にあげることができない。ひざをかばうあまり力が入らない。

じょじょに行こ〜う。



点滴おわり、ギプスもおわり、ちびちびと進んでいます。




写真はギプス・包帯でぐるぐる巻きの脚
と、
それがはずれた日。こういうものがくっついていた。
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by kazeture | 2010-02-19 13:35 | Comments(0)

リハビリ開始

手術の翌日からリハビリが始まり、もう三日間やった。


手術の翌日から?

まだ傷口も乾かないような…ホヤホヤのときに?

と思い聞いてみると、

ホヤホヤのときだからこそ伸ばせる、とのこと。

このまま日に日に皮膚が固まっていき、カチカチになってしまったらどうにもならなくなる。

だから…今こそやるのだ!

ということで初日は異様におそるおそるとだが、ひざを曲げたり伸ばしたりした。


ひざを曲げるのは…痛かった。
ひざの表面が痛い。
傷口が痛む。
でも背に腹は代えられないから、やる。


ずっと、シーネという重い半ギプスをつけて寝てて、急にはずされて
「さ、脚(左脚全体)を上に持ち上げて!」
と言われても
「あれ?脚を持ち上げるのってどうやるんやっけ?」
と、どこにどう力を入れるのかすらわからない。
そこで健常な右脚を持ち上げてみて「あ、こうか」と、その真似をしてみる。
でもなかなか難しい。
ひざのお皿のところに力が加わるのを恐れて、うまく力が入れられない。
それでリハビリ先生が左脚を上下にうごかしてくれて、ぼくが力を入れれるようなら入れるというやり方で、じょじょに入れていく。
…と、いう感じのやり方だった。


また、リハビリ先生ははじめに脚じゅうをもみほぐしてくれるが、それがとても気持ちいい。
人のてのひらの力はすごいと思う。ハンドパワー。
それが古来からずっと変わらず人を一番癒しつづけてきたのではないか。

と、人のてのひらはいいなぁなどとのんきに思ってたら
翌日から
「機械」によるリハビリが始まった。


左足を機械にすっぽりとはめこみ、固定され、ひざのところが自動的に山型に上下する。(角度を目盛りで調整する)

これは恐怖感がある。

いま、はれものをあつかうようにさわっているひざをそんな、見知らぬ機械に預けて…
信用できるかわからないのに。

機械には顔がないから信用できるか判断もできない。

この角度が間違って暴走しはじめたら俺のひざはハレツしてしまうぜ…
という恐怖で
ゆったりリラックスはできなかったが、
なんとかこわばりながらも耐えた。
どうしてもひざが最大限に曲げられたときこわばってしまう。自然な反応だと思うが。

機械とのつきあいはまだはじまったばかりでこわばっているが、これからなんとかうまく共存していきたい。




一日一時間、リハビリの時間がある。
それ以外にも自主トレが大切だ。
自分でもんだり動かしたり、始終していたほうがいい。




リハビリの過程は、泣くほどつらいというウワサだ。

この先どんなことになるだろうか…?




歩くのが好きだし
自転車が好きだし
山登りが好きだし
あぐらをかくのも好きだ。

それにはひざが必要。

なんとか、だんだんだんだん進んで
最終的にはいつの日か
スムーズに曲がるひざを手に入れよう。
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by kazeture | 2010-02-17 09:41 | Comments(3)

点滴って…

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「岡さ〜ん、点滴しま〜す」

ときみは気軽に言うけど


点滴って…

いやなもんやねぇ。



入院も手術も初めてなぼくは点滴も初めて経験した。
(骨折は、以前肋骨を一本。これもチャリンコ爆走による)


「ちょっとチクッとしますよ〜」と言われ
「はヒ」と力なく答え
プスッと針が血管へ打ち込まれる。

この瞬間は何度やられても慣れない。
毎回いやだ。


この「プスッ」には、やる人によって個人差がある。

プとスが連結していて「プスッ」と一瞬で終わる人のほうが苦しみは少ない。

プとスの間が間延びして「プ…ゥスゥッ?!」みたいな曖昧模糊とした方もおられ、その場合苦しみは長引く。

一瞬で済ませうる人は無条件で賞賛される。



うでに針を刺され、そことつながった袋からなんらかの液体が血管を通じて体内へ注入される。

この状態になると、ぼくは一気に意気消沈してしまう。

つながれてしまった…

しかも針で。針はなんか痛いし。
うごけない。あばれられない。

機敏な動き、突然の脱走、目にもとまらぬ避難劇、信じられぬ大跳躍など、すべて不可能だ。

動きと自由が制限されると急にヘコんで、ぐったりと死んだ魚のような目になってしまう。



ぶら下げたビニールを指して「これは何?」って看護婦さんにきくと、
「ポカリスエットみたいなもん」っていう答えがかえってきた。
それと「抗生剤」という化膿止め。

ほんとに必要なんかなぁ、これ…?



ともあれ、こうしてぼくは朝と夕の一日二回(合計三時間ほど)、消沈した濡れ犬のように過ごしている。


(手術後五日間ほどこの点滴は続けられるという)



「うごけない」ということを経験すると、
うごけることの意味が
まったく変わってくるのだろうな。



今も左手に点滴をつながれ、身動きのとれない状態でこれを送信…
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by kazeture | 2010-02-16 10:39 | Comments(0)