風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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季節風到来

季節風(モンスーン)が北インドにやってきました。

「もうすぐ来る、来る」とは聞いていたのですが

ついに来た。

ヒマラヤの間を駆け抜ける

ものすごい風。

たたきつける雨。

雷。

停電。

すンごい なあー。



ただ、ずっと吹き荒れてるのではなくて

数時間荒れ狂うと

また静まる。



このモンスーンの季節が「雨季」。

植物よ、そだて。





このまえの「サブボディ共振塾」での清火ライブは

うまくいきました。

ここに通ってる舞踏ダンサー(9人)総出演で。

ぼくがギターを鳴らして

歌って

だれかがおどる。

なんか感動したなー。

東からきたぼくと

西からきた彼ら(ヨーロッパか北南米の人々)

が ここで出会って

打ち合わせも何もなしに一発勝負で

つくりだした。

彼らは日本語の歌詞の意味はわからないんだけど、

からだでなにかを感じて。

んでぼくも彼らの動きに影響されて歌う。

よかった、ありがとう。

ちなみに、最後に父(りー氏)も出てきて

踊りました。





ダラムサラでおもしろく過ごしているので

滞在予定をもうすこし

のばすことにしました。

まだしばらくこの場所を感じていようと思います。

みなさんもごきげんよう!
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by kazeture | 2009-06-30 20:45 | Comments(0)

出会う日々

インドのダラムサラに父が住んでる
というのはなんか不思議な感じだ。
父が家を建てて住んでて
ぼくもひょっこりやってきて
なにげに住んでる。
目の前にヒマラヤがあり
イーグルたちがすぐそこを舞う。
いい感じの家で
朝起きたらお手伝いさんが
枕元にくだものジュースをもってきてくれるし。
昼ごはんはメニューがあって
ランチにバナナラッシーをくっつけて頼んでみたり。
なんかそれだけで至福だ。
ここの簡素な暮らしではすぐに至福が
おとづれる。
しかもインドの過酷な旅をくぐったあとだから
なおさら。

とにかく毎日ちょっと不思議がりながら
なにげにダラムサラで暮している。


いろんな人に出会った。
父、
手伝いのインド人ロメス&ピタール父娘、
そんで舞踏を習いにきてるひとたち。

彼らはヨーロッパや南米からきている。
自己紹介とか英語でどうしょうかな
と、はじめ悩んでたら
「ここでは言葉は使わないしな」
と父に言われた。
言葉でなしにからだの細胞のゆらぎを
感じあって共振する、とのこと。
おー! よかった。
ほっとした。
それで言葉はぜんぜん話さず、
なにげに共振しながら存在している。

放課後などは言葉も使って
話したりする。
アルゼンチンやらコロンビアやらカナダやら
スイスやらイタリアやらスペインやら
遠くからこんなところまで来てるだけあり
たいへんおもしろい連中だ。
東洋的、あるいは日本的資質を持った
西洋人がいる。それを知れた。
ここにいるだけで世界中に友達ができる。


父の友人の日本の方が日本食レストランをやってて
紹介してもらった。
いい感じの人で、こんな人が父の友人でよかった。
そしてそこにいたら芋づる式にいろんな人と
知り合った。
タンカ(仏画)絵師の方とかダライラマの通訳やってる方とか
旅人たちや住み着いてる方々。
いろんな日本人がいる。


中でも「さすらいの指圧師」のTくんはおもしろかった。
指圧を受けに彼の借りてる小屋へゆく。
山の中にあり、ハイキングができて気持ちいい道。
彼は6年くらい指圧をやってて
インドとギリシャにレギュラーのお客さんたちを
確保していてそこをまわっていくと
生活がなりたつという。
彼がそうなるまでのプロセスを聞くのが面白かった。
なりたいように、彼は自分で持って行ったんやな…と思った。
で、指圧を受けてみたら
非常にていねい。はじめの対話、施術(2時間)、
あとのケア、そんでごはんまで作ってくれたし
バナナもくれた。
こりゃあお客さん付くでしょう! って感じ。
気持ちよかった。出会えてよかった。


それから
日本でのぼくの友達の、その友達が
ダラムサラでチベット人と結婚して住んでる
と聞いてたのだが
その人にも芋づる式に会うことができた。
その人も、会う前はいったいどんな暮らしをしてるのか
想像もつかなかったけど、
会ってみると
なんかすんなりそこ(アパートの部屋)に
おさまってるように見えた。
チベット人の旦那さんと仲良さそうだった。


いろんな暮らし方がある。
いろんなおさまり方がある。
どこにおさまるのも気持ちしだい。
そして、日本にいるのもどこにいるのも
優劣などはまったくない(あたりまえだけど)。
つまりここに暮らす日本人たちも
それが素敵なことだとかいう気負いなどはぜんぜんなくて
きわめて自然にただおさまってるだけなのだ。

そしてそんな人たちを見ると
ぼくのどこかがひろがる気がした。


いま、ここまで書いたら
下のホールからアルゼンチンのゴルカが呼びにきた。
「なに?」って降りてくと
ゴルカの友達の女の子(ナニ人か不明)
が来ててベリーダンサーみたいな
きらきらの盛装をして
ファイアーダンスを踊ろうとしてる。
その音楽のスタートの操作をしてくれ、
とのこと。
それで暗闇の中のきれいで妖しいファイアーダンスを見た。
なんかおもしろいな。


明日は17時からここでぼくのライブがあるよー
ギターを借りた。
うたうよー♪
舞踏の生徒たちがみんな踊りで
出てくれるよー♪
いったいどうなるのかな?
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by kazeture | 2009-06-26 00:45 | Comments(0)

舞踏/アーユルヴェーダ

最近、インドの山奥のダラムサラにある父の家に初めてやってきて

泊って暮らしてるのだが、

海苔の佃煮とか椎茸やら煮豆、アジの干物、ナスの漬物、山菜、海藻、それにご飯に味噌汁などを

いただいている。

こんなインドの山奥で… 父が苦労して入手した純日本的食べ物たちだ。

海育ちの父は海産物が好きだが、ここはヒマラヤ山麓で、そうとう苦心して入手してる模様だ。


 「インドの山奥で いったいどんな暮らしをしてるのか…?」

着くまでは想像ばかりしていたが、かいもく見当もつかなかった。

しかし父はいつもどおりだった。

家も自分と設計士さんで設計したようだが いかにも父が作りそうな家…

というか、昔とぜんぜん変わってないな… と 思わせた。

たぶん父は地球のどこだろうがこういう家を建てただろう。

だから、この家のあたりにいると

一瞬ふと、どこにいるかわからなくなる。

日本のどこかの山道と、すぐつながってるようにも想える。

そして、「日本のどこかの山道とつながってる」というのは

あながち間違いでもない。つながってるのだ。

そんなに遠くも、ないだろう。




さて、父は「舞踏」のクラスをやってるので

そこにぼくも参加してみている。

クラスメートはスイス人、イタリア人、スペイン人、イスラエル人、アルゼンチン人、コロンビア人。

世界中に友達ができて、行きたい場所ばかりなのでぼくには非常に好都合でもある。

父によると、いろいろ工夫して意識を止めて、そのときに意識下から出てくる微妙な体の感覚や動き、ゆらぎを感じてみよう。

っていうのが基本にあるようだ。

で、ぼくも見よう見まねでやってみてるわけです。

ほかの生徒さんたちはすでに3か月も習ってるので意識を止めるコツがつかめてきてる。

ぼくはそんなすぐにおいそれとはいかない。

でも、真似してるだけでも体がいままで行ったことのない方向に行くような感覚はおもしろいと思った。




父は、「指圧」も教えている。

「SHIATSU」は、いま、かなり西洋世界に浸透してるらしく、

指圧ができると地球を旅をしながら食っていける可能性がある。

「さすらいの指圧師」になるのはどうか…? 

などと思いながらダラムサラの街を歩いてたら なんと

その「さすらいの指圧師」をやってる人とばったり知り合った。

彼は日本人の青年で、ダラムサラとギリシャを行ったり来たりして指圧で食っているという!

さっそく彼の指圧を予約した。(気も合いそうな気がした。)受けてみようと思う。




父はひとりで暮しているが、インド人の有能なアシスタントがいる。

ロメスという名前で、とても頭がよく的確にいろんな用事をやってくれている。

インド人とは思えぬ勤勉ぶりだ。

そしてぼくはロメスを見た瞬間になんか 気持ちが通じるのを感じた。

それですぐ友達になった。

彼の笑顔は癒し系だ。娘のピタールも、ともに働いてくれていて

ピタールの笑顔もとてもいい。

こんなよき人たちに父が支えられていて とてもよかった。




で、そのロメスが「アーユルヴェーディック・マッサージ」の優れた施術家なのだという!

インドの生命科学「アーユルヴェーダ」に大変関心をいだくぼくは、

いつかアーユルヴェーディック・マッサージを受けてみたいと思ってたけど

なかなかその機会はなかった。

オイルで裸の体を触られるわけだから、誰でもかれでもやってほしくはなかったのだ。

そこにロメスがうってつけに現れた。

で、今日受けてみたのだが、ものすごくよかった…。

ごま油をもとにしてハーブの精油などを配合したオイルでぼくの体をマッサージしてくれたのだが、

的確だし力強いし深いし、なんかよかったな~。

念願のアーユルヴェーダに触れられて大変満足だ…。




父の生徒のオランダ青年が去年滞在中に地元のチべタンガールと恋に落ちて、

今日の夕方結婚式だというので、どさくさにまぎれてぼくも行ってきた。

オランダの一家を囲むチべタン軍団 という図式で

チべタン式結婚式を興味深く見せてもらった。

父がキューピッド、というわけだ。




ここダラムサラにはいろんな要素がある。

ダライラマ、チベット難民、SAVE TIBET運動、ヒンドゥー、インド人、山岳の民、

旅人たち、日本人、韓国人、西洋人、

そんでぼくにとって父の家があり舞踏があり、そこの生徒たちがいてロメス親子もいて…

と、たいへんいろいろな要素がぼくの前にいま一度に展開している。

これらをすぐに心に落ち着かせるのなどは到底不可能なので

いまはただ目の玉に映るにまかせようと思う。

そのうち どんなふうにか 落ち着いてゆくだろう。




とにかく そんな… ダラムサラの日々です。
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by kazeture | 2009-06-21 01:31 | Comments(0)

ダラムサラに着く

インド ダラムサラに着きました。




ここに 父が暮らしています。


8年前から家を建てて住んでいますが


訪ねたことはありませんでした。


ようやく 着きました。




父は ここで 「舞踏」をやっています。


「舞踏」を教えています。





道のわきのこみちを 降りて行ったら


建物が見えてきた。


「あれだ」


インド人が教えてくれた。




父は なんか 8年前と変わった感じもありますが


元気に していました。


変わったといっても 年そうおうなのでしょう。


舞踏の生徒たちに囲まれていました。


ヨーロッパや南米などからの生徒たちです。





なには ともあれ 


着いたーー!


今回の旅の 唯一の 目的らしい目的


だったのです。





泊めてもらって


夜 屋上から空を見た。
 


満天の星がひかっていた。


かがやく北斗七星 北極星。



星が ヒマラヤを照らし


ヒマラヤが 星を照らす。



照らしあって


明るい感じの夜です。
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by kazeture | 2009-06-18 23:43 | Comments(0)

山の村へ

いま、山の村にいる。

インド北部、マナーリー近郊の「バシスト村」というところ。

ここもなんだか居心地がいい。




マナーリーでは「オールドマナーリー」というエリアに泊まっていた。

そのときのエピソードだが、

道で目の前を小学生が3人歩いてて、その子らのリュックの絵柄を見るともなく見てた。ら、

ひとりは「トムとジェリー」、もひとりは「ミッキーマウス」、そして残るひとりが なんと

「パーマン」だった。

ぼくは藤子不二雄を敬愛する者だが、当然パーマンも好きだ。

こんなインドの山奥にまでパーマンが入り込んでいる、と思うと感無量であった。

ちなみに、その絵柄を見ると、一番目立ってるのがパーマン。その横にパーやん。そしてパー子。

パ、パーマン2号はどこへ行ったんだ?

サルはインドではダメなの?

パーやんは関西弁だ。藤子キャラの中で関西弁を話すのは珍しい。




そんなこんなで心温まるマナーリーを3泊で切り上げ、バシスト村へ移動することにした。

友達のヨネちゃんが「バシスト村もいいよー」ってすすめてくれたからだ。


友達たちはぼくの行く先々に情報を送ってくれる。

けっこう何人も、旅してるのだ、このへんを。

知らなかったけど… みんなこのあたりの景色を瞳に映し、心に宿して生きてたんやなー。

友達のみんなに「今までどことどこに行ったん?」って聞きまわってるわけじゃないから ぼくが来ることで わかったりするのだ。




で、オートリキシャ(3輪タクシー)でバシスト村へ。

川沿い。きれいな清流。針葉樹が生えてる。遠くには高い山。ヒマラヤの一部か。

んー、いい景色やなぁ。

なぜか、それを見てると「胸がしめつけられる」ような気分になった。

なんだろう。

ぼくはここが好きや と思った。

山の斜面に張り付くように村がある。

ちょっとにぎわう通りの向こうに小さい広場、そこが終点、到着。

ここに寺があって温泉が湧いている。

人がいっぱいいる。

インド人の観光客や巡礼、外国人ツーリスト、現地人。

現地人は「山の民」で、独特の衣装と顔をしている。インドの平地の人ともチベット系ともちがう。インド人ほど彫りが深くなく、くりっとした目のかわいい顔をしてる。




さてぼくは近くにあったゲストハウスに入った。

そこの最上階が食堂になっている。日本食がある。そこで「オクラ丼」を食べた。

オクラ丼というのはデリーでも日本人に流行りの食べ物だ。

ご飯の上にオクラをまぜたものをかけ、その上に目玉焼きをのせ、醤油がかかっている。

この「醤油」が日本人の琴線に響くらしい。

そしてここの食堂では なんと 「海苔」がかかっていた!

おお! 海苔!

海苔と醤油とご飯のハーモニー!

すばらしい!

…ぼくは日本人だ、と思う。




ここバシスト村も たいへん いいところだ。

なんかしらんが なごむ。

空気がおいしい。




昨日はこっちの「チベタンカフェ」という店に行ってチョウメン(やきそば)を食べた。

そこから風景を見ていた。

この山の斜面に建物が張り付くようにして建っていて 

その屋上やバルコニーで動き回る人たちの姿が見える。

通りを行くさまざまな人も見える。

いろんな人がいろんなことをしてる。

おもしろいなぁ。

生きてるの って。

ぼくが生きてるからこそ ここまで来て これを見た。

おもしろいなー 生きるのは。




今晩 泊まったら 明日 移動。

ダラムサラへ。

さぁ、あと コマひとつだ。
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by kazeture | 2009-06-14 16:31 | Comments(0)

黄昏のマナーリー

インド北部、マナーリーの黄昏。



ここは すずしい。

とても 気に入った。

お気に入りの町が増えるのは

うれしい。

だんだん そういう場所が 増えてゆく。

大きすぎず 小さすぎず 適度な規模で

適度に便利で(ネット屋あり)

カフェがあり

散歩できる場所があって

いい感じのレストランと

すごしやすい 安宿。

それがあれば… やっていける。



ここは 「山地民」の場所。

独特な衣服を着た人々が行き来する。

手織りのウールで作ったワンピース。

寒冷地用の衣装なのだろう。

そして顔は モンゴリアンチックになってきた。

ツーリスト用のみやげ物屋もあるが

客引きはうるさくない。

人々の雰囲気は穏やかだ。

バラナシの70倍くらい すごしやすい。



気に入ってるのは

「チベタン カフェ」というレストラン。

ここはチベタンも多いらしい。

チベタン顔の人々が切り盛りしている。

ダライラマの写真が飾られる。

「チベタン定食」なるものを注文してみた。

なにも入ってない肉まんみたいなやつが2コ。

ライス。

野菜とキノコと鶏肉のスープ。

生のきゅうり、トマト、たまねぎのサラダ。

ヨーグルト。

おいしい。

チベット定食、おいしいな、って思う。



こうして

ぼくは 頭でなく 体で知る。

異国の文化を。

こんなふうに知るのがいい。

頭でハンドルを動かしてくのではなく

風に自分の体を浮かべて 出会ったものを

ただ感じていきたい。

そういう感じでも じゅうぶん

異文化を知ることも 伝えることも

できると思う。

頭で宗教がどうのこうのとか

政治が、亡命政府がどうのこうの とかいうより

ふとなにかを感じて入ってみた

店の定食がおいしかった。

と いう感じで ぼくは交流して

知っていきたい。



その店で

聞いたことのある曲が 流れていた。

U2。

なつかしいな。イギリスのロックバンドか。

(アイルランド出身?)

18歳、

「浪人」(大学に入れない人)をしてたころに

ちっこいラジカセで聞いていた。

浪人して なんにもわからなかった。

悶々として 灰色だった。

感慨がある。

歌は今も歩き続けてるんだ。

俺も歩いていこう、と思った。

まだ歩いていこう。

なんだか

「てくてく歩いていこう」

って思わす 曲だった。



(そういえば

U2は チベット フリーダム コンサートに

出演したり チベット問題に言及したり

していた)
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by kazeture | 2009-06-11 23:21 | Comments(0)

デリーで ひと息。

昨日の朝 デリーに着いた。

デリー。インドの首都。

ニューデリーの駅前は

この巨大国の首都の中心駅の駅前にしては

なんか しょぼくれて見えた。

ビルヂングなんかは ぜんぜん ないよ。

人々とサイクルリキシャーと車と犬と牛が行きかってて

土ぼこりがもうもうと立ち、日差しがカッと照りつける。

そのなかをぼくはテクテクと歩き出した…

安宿街、メインバザールへ。


んで、一泊して いまにいたるわけですが

デリー、過ごしやすい。

バラナシより ずっと。

「路上」がある。風の吹き抜けてく路上が。

そこで しぼりたてのオレンジジュースや

マンゴージュース(30円くらい)を 

立ったまま 飲み干す。

ほっ。

と する。

路の上。

バラナシには そういうのがなかった。

あそこは聖地中の聖地で

どこもかしこも意味ありげで

なにげない場所がなかった。

ぼくはなにげなく過ごしたい。


デリーでは 人々の生活、行きかう人々の雑踏の中に

隠れてしまうことができる。

バラナシほど、ガーガー話しかけられない。

いやー、よかった。

インド、たのしいよ。

なんか バラナシの凝集した空気の中で

悶々としてたから。


ちなみに ここは 死ぬ人が続出するほど暑い。

けど、ぼくは暑いのは 大丈夫だ。

あっついなー!

とは 思うけど そんなに「いや」じゃない。


食べものは、ターリー(定食)がおいしいし、

ラッシー、くだものジュースが気軽に飲めて

それらがあれば生きてくことができる。


そうして デリーで ほっとひと息 ついて

ぼくは今夜

北部 マナーリー行きのバスに乗るよ。

そこはヒマラヤにも遠くなくて

標高が1900メートルあるらしい。

いったいどんな風が吹いてるんだろうか。
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by kazeture | 2009-06-08 14:32 | Comments(2)

酷暑のバラナシから

インド バラナシ 酷暑 あつい。

いまは「酷暑期」という名の季節にあたる。

「酷暑期」…って あつそうな名前。

もう、そろそろ雨季に入るらしいけど

いまは とにかく 暑い。

まあ でも それは わかって来てる。

この3日ほど 宿の部屋が停電しっぱなし、

と かんちがいしていた。

で、ずっと ファンなし、電灯なしですごしてた。

あっっつかったー。

ら、メインスイッチを入れればいいだけだった。

だれが切ったんや?

ベッドには蟻がいっぱい歩いてる。

ああ、バラナシ。

路地は… 牛糞、牛尿、巨大な牛、ハエの群れ

人間の出すゴミが 降り積もった

なんともいえない 胸のわるいにおいがしている。

なるべくかぎたくないようなにおいだ。

それで ガンジス河べりの道ばかり 通っている。

インド人が いろんなものを売りつけようと

話しかけてくる。

「ハロー ジャパニ」「ジャパーン、ゲンキ?」

「ハッパ イル?」「ハシシ、グッドクオリティーネ」

「クルタ、50ルピーネ」「ドコイクノ?」

ああ、うるさい。

ローカル食堂にはいる。

「ターリー」をたのむ。定食。

25ルピー すなわち50円。

ダール(豆スープ) カレー2種 漬物

ライス チャパティー2枚

が ついている。

この チャパティー が うまい。

麦の粉を練ってのばして焼いたものだ。

うまい!!

ダールも ネパール同様 うまい。

あと、宿のレストランでよく

ラッシーを飲んでいるが これもうまい。

バナナラッシー マンゴーラッシー パパイヤラッシー。 

インド人たち。

不可解な行動、腹が立つことも多いが

彼らは ぼくと まったく違う尺度のもとに生きる。

それを頭に置いておかないと

無意味にカリカリするだけだ。

彼らは べつの世界のもの。

「すりぬけよう」と思ってたが

どうしてもぶつかってしまう。

向こうからぶつかってくる。

それも理解して「ぶつかり方」を工夫するしかない。

昨夕、プージャー(礼拝)を見た。

河べりでくりひろげられる祈りの儀式だ。

音楽の生演奏のもと、詰め寄せる観衆の見つめる中、

7人の正装した若者達がガンジスに火をささげる。

なんだか、すんごいエネルギーだった。

ガンジスと火と観衆と音楽と…

見ているだけで汗だくになった。

熱い… インドは暑くて熱い。

ああ、バラナシ。

もっともインドらしいと言われる地。

とも、今日でお別れ。

今夜の汽車でデリーへ向かうのだ。

首都・デリーはどんなところだろう。

さよなら、バラナシ。

デリーのあと ヒマラヤに近づく。

マナーリー、そしてダラムサラ。

最終目的地 はじめからそこを目指して歩き出した

ダラムサラ。

そのあとは日本へ。

みんな、元気?

日本民族、日本風景を探検しに行くよ。
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by kazeture | 2009-06-06 16:53 | Comments(1)

インド入り

インドに入った 

この旅の9ヶ国め

バラナシという町 ガンジス河のほとり

おとつい ガンジスで泳いだ…




ポカラを発つ前日

3人の日本人と出会った

サッカー選手や漫画家をめざしてる植木屋の青年

睡眠薬強盗にあって意気消沈する大学生

ゲタを転がしニコニコと10年間放浪する裸の大将みたいなおじさん

話して おもしろかった




ポカラを発って ルンビニへ

ルンビニ ブッダが生まれた場所

いまはブッダのころのものはなにもない

花が咲き 鳥たちが群れていた

ピースフルな空気がある

夕暮れには平原にジャッカルの遠吠えが響いた



ルンビニでの宿は 韓国寺の宿坊

ドネーションで泊まれて3食出る

涙が出そうに良い食事

胚芽米 各種の野菜のお惣菜 味噌汁 豆スープ

キムチ 果物サラダ ヨーグルト ケツメイシ茶

おいしいけど単調なネパール料理に飽きてきてたから

うれしかった

やはり韓国と日本は近いものがある

韓国寺のみなさん ありがとうございました




そうして ゆったり のんびりした あと

国境を越えた インドへ バラナシへ

国境を越えて バスに乗る

そのとき 極悪ボッタクリ団にハメられる

いやな思いをした…




んで、バラナシ到着

路地裏の宿は ガンジスの近く

屋上からガンジスが一望できる

路地裏はごみだらけで胸が悪くなる空気があるが

河のほとりは爽快だ その落差がはげしい




一昨日は ガンジスで泳ぐ

空の下で水に浮かぶ 気持ちがいい

インド人たちは沐浴したり 泳いだり

洗濯したりしている

ヒンドゥーの教えでは

ガンジスの水に浸ると すべての罪 けがれが

清められるという




昨日は ボートに乗った

ボートから 岸辺の火葬場を見た

にんげんが 燃えていく

どんどん どんどん 燃えてった

空の青に火の赤が映える




道を歩けば インド人が日本語で話しかける

いろんなものを売ろうとしてきたり

いろんな商売のカモにしようとする

うるさいひとたちやな




うるさいインド人の群れをすりぬけ

ガンジスの風に吹かれよう

バラナシは今日も晴れ
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by kazeture | 2009-06-02 14:16 | Comments(0)