風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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ネパールに着いた

ネパールに着いた

不思議な場所 不思議な国

今までの東南アジアとは違う

すずしい すごしやすい

ここカトマンズは海抜1400メートルある

高原性の心地よい気候だ

モンゴルもそうだったが

こういう高原性の気候は

気持ちよくて

がんばって何かをする気が失せる

あんまりなんにもしたくなくなる

それで… のんびりしている

クソ暑いバンコクでのほうが

パイン買いに行ったりジュース買いに行ったり

ネット屋に涼みに行ったりと

活発に動き回ってたな


バンコクからカトマンズまで

飛行機で一緒になった日本人カップル

ヒマラヤ・トレッキングに一ヶ月間行くという

そんなにものすごく気合の入った

「山野郎」って感じじゃない人たちだった

それで ぼくも行きたくなってきた

どこかで山にはいろう


カトマンズの安宿で

昨秋愛知のだんご屋で一緒に働いた

Aiちゃん に 会った

Aiちゃんはシタール弾きさん

インドでの修行を終えてネパールに遊びに来てた

互いにネパールには初めて来たので

その印象について話す

ネパールはインドよりずっと穏やかで繊細、とのこと


だんごは3人で焼いてた

人呼んで「だんご3兄弟」

3兄弟のもうひとり、

Shunくん も もうすぐ船出するって

日本から上海へ

だんご3兄弟がそろってユウラシアに立つよ


さあ、とろとろとすごそう

ごはんはおいしい

町並みは迷路みたいに入り組む

おもしろい美術工芸品が通りを占める

土とレンガ、光、人々の声

神さまはすぐそこのヒマラヤにいるよ

風が吹いてきたら

そのなかにもいるかも


さあ、つちぼこりのなかに

とけこんでいこう
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by kazeture | 2009-04-28 18:15 | Comments(0)

タイ・マッサージを受ける

こんにちは。
バンコクにいます。

旅に出てからというもの、
この日記、書くのはいいのですが
写真などはぜんぜん載っけてません。

写真なしの文章だけの旅日記って
どうでしょうか?

文章からいろいろ想像をふくらませてもらえたらいいなぁ
と思ってるのですが。

ちなみに今回は乾電池式のデジカメを買って
持ってきてて、ちょこちょこ撮ってます。
画質はあんまりよくないやつ。

でもそれをここに載っけたり
パソコンに取り込んだり…っていうのは
ぜんぜんできませんので。
このままいきます。



今日はタイ・バンコクの最終日。

タイ・マッサージを受けてきました。

タイ・マッサージについては前回12年前にタイに来たときから
興味を持っていました。
なぜかというと、ぼくが前回カオサン通りで泊った宿の階下が
マッサージ屋さんになっていて
そこを通ると受けてる人の悲鳴が聞こえてきたのです。

タイ・マッサージは体のかたい人にとっては地獄的に痛いときがあるらしい。
それで体のかたいぼくはこわごわ興味を持ったのです。
が、そのときは受けなかった。

で、今日行ってみたのです。



行くときは、ちょっと、屠殺場に連れていかれる子豚のような気分になった。
要するにドナドナ。
いったいぼくになにが待ってるんだろうか。

行ったのは、「歩き方」に載ってた店。カオサンから一筋はずれた通りにある。

入ると、いいかんじの笑顔に迎えられる。
で、コース表を見てどれにするか選ぶ。
日本語で書いてある。
「旅のビタミン・Aコース」というのにした。
フットマッサージが15分、タイマッサージが45分の計1時間コース。
で、180バーツ。(500円強)
お茶をもらう。
ぼくには30歳くらいの女の人がついた。

まず、足を洗ってもらう。
ライムか何かを足にふりかけられる。

で、マッサージ場所に移動。
薄暗くなっていて、冷房も効き、
心地よい「いやし系」の音楽も流れる。
そこのマットレスの上によこたわる。
それだけでもう、極楽のようだ。

なにしろ僕はその前にゲストハウスのベッドで
ファンを回しても回しても熱風が吹き付けるばかりで
悶々と汗をかいていたから。

それから、足をいろいろと入念にマッサージされる。
なにかオイルかクリームのようなものが垂らされる。
そしてマッサージ。やさしい感じ。
「ぼくみたいなもんの足にそんなにやさしくしてくれてありがとー!」
という気分になる。
足の裏をグリグリされたときには痛くて思わず突っ張ってしまい、
「リラックスして~」といわれた。

両足を終わり、タイマッサージへ。
タイマッサージは「ふたりでやるヨガ」ともいわれてるらしく、
いろいろなアクロバティックなポーズを取らされる、という。
でもこの30歳くらいの人はぼくからみたら
「おかあさん」みたいな雰囲気を発した人で、
あまり痛くはしないようだった。
これ以上やったら痛くなる、その手前でとめていた。
それで足、背中、頭…と、すすんでゆく。
気持ちよかった!

なんか、いいなー、これ。
タイマッサージの細部がどうこうというんじゃなくて
マッサージを受けるということの雰囲気がよい。

大切にされてる感じがするし、
自分で自分を大切にしてることでもあるし、
ひととの触れ合いがある。
長いひとり旅を続けるぼくにとって、
なんかほっとできる場所、時間だった。
よかったー、ありがとう。



明日朝、ネパールに向かう…
バンコクも最後。カオサンを歩く。
日本人旅行者はそんなにいない。
12年前よりずっと、韓国人、中国人の旅行者が増えてると思う。

みかんジュースを飲む。
みかんをその場でしぼったジュースを屋台で売ってて、
これがバカうまい。
これが味わえなくなるのはつらい。
また、来ないとな…。



東南アジアの人たちについて思うこと。
インドネシアにいたときから思ってた。
中華系の人は除いて、色の浅黒い、昔からここで
暮らしてきた人たちは
概して、
罵倒の言葉を発しない。大声で人をののしったり、
喧嘩している姿をほとんど見たことがない。
また、悪態をつく、ということもあんまりないような気がする。
そんな言葉自体がないような感じ。
西洋の人は「shit!」とはき捨てるように言ったり、
また、イライラと機嫌が悪いようなのもよく見る。
そういう機嫌が悪い感じの人もあまり見ない。
中華系の人は大声で喧嘩したり不機嫌だったりする。

これはすごいなーと思う。
いいなぁ。

あんまりそんな気持ちにならなかったからそういう言葉も
あんまり作られなかったんだな。

おおむね、平和な人たち。
穏やかで、面白いことが大好き。
気持ちいいことが大好き。
彼らは、他国を侵略しに行ったりしない。
イラクに空爆しに行ったりチベットを侵攻したり、しない。
静かにしている。から、世界的に見たら
目立ってない。
だけど、その、目立たずにいることができるということの中にこそ、
なにか注目すべき美点があるような気がする。

だれも気づかず、誰も取り上げないけれど…。



そんな東南アジアから離れます。

明日はネパール。

どんなんかな?

いってきまーす。
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by kazeture | 2009-04-23 20:17 | Comments(2)

ちょっと ふりかえる

今日は4月21日。
3日後の4月24日にネパールに飛ぶ予定。
東南アジアから出る。
(ネパールは南アジアに属する)

サヨナラする東南アジアを
ちょっとふりかえってみようと思う。



今回の旅では台湾 インドネシア マレーシア
タイ ラオス ベトナム カンボジアに行った。

んで、そのすべての中でダントツに良かったのが
バリ島だ。

これは普遍的に良いのかはわからないけど
日本から離れたかった、いまのぼくの求めてるものが
ちょうどあったということである。

はだしで土の上に生きる人。
水でトイレ(お尻)を処理する人。
指で食べる人。
頭の上にものを置いて歩く人。

彼らはからだで生きている。
なにもくっつけない、そのままのからだで。
土の上に、草の上に、森の中に、水の中に
いる。

んで、彼らは、第六感というか
超自然的な感覚にも、とてもすぐれている。
こちらの意図を読み取るのが得意だ。
テレパシーの世界にいる。

ぼくはバリ島で、クタ・ビーチなどの観光地には行かなかったし
音楽や舞踊もぜんぜん見に行かなかった。
ただ、その土地に生きる人のなかにうずもれていて
それですごく満足していた。

バリ島の宗教は独特だ。
バリ・ヒンズーという。
インドからやってきたヒンズー教が
イスラムだらけのインドネシアでバリ島にだけ
生きている。
そしてそれは古来からの土着のアニミズム(精霊信仰)と
融合している。

彼らは宗教的な儀式を日々欠かさない。
ささげものをしたり花を飾ったりお香をたいたりする。
見えないものに対して。
見えないものに向かう時間、というのがある。
見えないものに向かってるバリ人は
とてもゆったりしてた。
そして、気品があった。
心の余裕を感じた。

バリの人に気品がある、というのは
ほかの物書きの人も言ってた。

その雰囲気に触れるのはとても心地よかった。


ぼくはバリの人たちの中に
日本人の友達の面影に似たものを見つけることがあった。

どことなく、日本にも似たものがある気がした。
ここには、原型がある。
日本は、いろいろなものをくっつけてしまい、
忘れてしまった。眠らせてしまった。
でも、日本の中にもある、と思った。

きっとぼくはそういうものを見たかったのだ。

現在の地球で
はだしで生きること、
頭の上にものを置いて歩くことは
ただごとではない。

それはとてもスッとすることだ。
まっすぐな背筋。
ほかの国の人がやろうと思ってもできない。

旅のはじめにバリ島に行って
いきなり衝撃を受けたし、
だいぶん満足した。



それからジャワ島、マレー半島(マレーシア)、タイ
と北上してくるにつれて
都市化した場所にくるにつれて
中国系の人たちの香りをかぐことになる。
それは、「経済至上主義」という香りだ。
経済が至上になると、みんな、そっけない対応になった。

中国の人たちというのはいろんな場所に華僑として出て行き、
行った先の国の経済を発展させた。
それを悪く言うつもりはないが、
いまのぼくが求めてるものはなかった。
ぼくは「野性」の中のなにかに触れたかったんだろう。



ラオスにはなにか、光ってるものがあった。
あのおそるべきのんびりさ。
のろのろ流れるメコンのような。
ラオスは良かった。



ベトナムで、印象的だったこと。
ベトナム人と結婚した友達の家に遊びに行ったときのこと。
ベトナム人のだんなさんのお母さんが
ひとりで旅するぼくに言った。

「友達もいないのに なんで旅するの?」

友達が一緒でもないのに なんで旅するのか。
ぼくはぐっと詰まった。
返す言葉がない。
ベトナム人であるお母さんは、
友達や、親戚や、仲間とともにあることを
至上としているのだ。それがこの言葉からわかる。
そして、ぼくはそれに反論できない。
ぼくだって、友達や仲間は大切だから。

この出来事は、なにげないひとコマではあったが
ぼくに深い印象を残した。

ぼくはひとり旅をしている。
でも、行く先々に友達がいる。
日本とか別の場所にいて離れてても
つながってる友達も、いると思う。
その、点から点へ移るとき、ひとりになる…
のだと思う。



台湾で、台湾人と結婚して台北に暮らす友達に会った。
ベトナムで、ベトナム人と結婚してホーチミンに暮らす友達に会った。
カンボジアで、モンゴル人と結婚して香港に暮らす友達に会った。
タイで、タイ人と結婚してバンコクに暮らす友達(の友達)に会った。

どうも、なぜか、ぼくの友達は国際的だ。
国際結婚をして異国に暮らす友達の生活を見るのは
とても面白い。興味深い。



こちら、異国から日本を思うとき
日本の良さと困った点とを
両方つよく感じる。

日本の自然はすばらしい。
壊れつつあってもやっぱりすばらしい場所はいっぱいある。
もっともっと日本の中の気持ちいい場所を訪ねよう。

日本で困るのは、あまりにも
「こんなことをしたらあの人が何て言うか?」
みたいなことを気にさせる土壌を作りすぎてしまったことだ。
きゅうくつすぎる。

いろんな発想が必要だ。

だから日本から出るということもまた必要だと思う。

いろんな価値観が地球にはある。



東南アジアを旅してて
「音」で不快感をおぼえたことがけっこうあった。
ぼくの近く(至近距離)でうるさくしすぎるやつが多い。
話すにしろ、音を鳴らすにしろ。
現地人も、西洋人も。
日本ではなかなかない。
ぼくがこっちで苦情を言いたいのはそれだった。
それだけ。



ぼくは12年前にはじめて海外一人旅をしたが
そのときに比べると不安は大幅に減っている。
あのときは何をするにもマゴマゴした。
イミグレーションを通るとき、
両替するとき、宿に泊まるとき、飯を食うとき。
言葉が通じなかったらどうしよう、と思ってた。
いまはそんなことは思わない。
まず、「言葉を通じさせよう」と思わないし
気持ちは通じる。それがわかってるから。

言葉は通じない。
気持ちは通じる。

そして、「なんとかなる」と思って
ゆったりかまえて笑ってるほうが
なんでもものごとはすんなり行く。
それもわかってる。



んで、「トラブル」といわれることが起こったときには
それをおもしろおかしく笑い話に転化することが大切。
笑ってしまう。
そのときには、多少は努力も必要だ。
この状況をどうやって笑うか?
そこに知恵をしぼるのだ。
そういうときにこそ知恵というものを使うのだ。



そんな感じ…

以上、ちょっとふりかえってみました。



いろんなことを感じさせてくれた
東南アジアの土と人、
旅人たち、
どうもありがとー!


そして未知なる場所よ… 
ハロー ナマステ こんにちわ。
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by kazeture | 2009-04-21 20:05 | Comments(2)

バンコク生活

バンコクにいます。
いま、この国は一年でいちばん暑い。
日なたにいると、からだのどこかが燃え出しそうです。

カオサン通り(安宿街)の宿に泊まってます。
ぼくがいる部屋は5階にある個室で
風も光も入るのでわりかし居心地いいです。
ベッドに寝転んでると、暑いから汗が背中のとこにたまってて、
気持ち悪いことがある。
そういうのも珍しい経験ではある。

カオサン通りをぶらぶら散歩してると
コロロロ… コロロロ…♪
という、どこかで聞いたような音が響いてくる。
ぱっと振り向くと僕の背後に
頭の先から足の先まで全身民族衣装や雑貨をぶら下げた
チンドン屋のようなおばちゃんが
手で木で出来たカエルを鳴らしながら迫ってくる。
カエルの背中を木の棒でなでるとコロコロ鳴る、あれ。
あれを鳴らしながら銀の鈴がいっぱいくっついた帽子をかぶり
手にはたくさんアクセサリーをくっつけ、
肩からいろんなかばんをさげ、コロロロ…♪と売り歩いているのだ。
しかもそんな人がたくさんいる。
もし興味を示したら、5、6人が寄ってくる。
あの人、おもしろいな。
カエル音で行進するというのがおもしろい。
だれが発明したんだろうか?

みかんをしぼって作ったジュースを飲んだり、
パイナップルをカットしたやつを買って食べたりする。
ごはんはたいてい焼き飯かやきそば。90円くらい。
マクドナルドやサブウェイやバーガーキングといった店もあるが、
一食が300円くらいする。90円で普段済ませてると、
高く感じるから入ってない。

コンビ二はセブンイレブンがいっぱいある。
たまにファミリーマートも。
ぼくはコンビ二で水を買う。
600ミリリットルのボトルが6バーツ、18円。

ぼくは東南アジアのどこでも水道水を飲み、
特にどうもない。
が、そのことを人に言うたびに驚かれ、止められる。
変な水もあるかもしれない、というのは、わかる。
自分で試しながら、行きたい。
一説によると、インドの水はやばいらしい。

今のゲストハウスの水はおいしくないし、
売ってる水も安いので買っている。

カオサン通りにある旅行会社で、
ネパール行きのチケットを買った。
24日に、バンコクからネパールのカトマンドゥへ飛ぶ。
ちなみに、2万5千円くらいだった。

カオサンにある古本屋に、ぼくの持ってる本を持って行った。
ぼくの本2冊と、その店の本1冊を交換した。
最近読んだ本:
「漂流」吉村昭
「死の棘」島尾敏雄
「ばらとおむつ」銀色夏生
「詩人と女たち」C・ブコウスキー など。

そんなのが、カオサンでの暮らしだ。



そういう生活に、昨日、変調が訪れた。

バンコク在住の、友達の友達に会ったのだ。

カオサンの近くから出ている運河の舟で行った。
マクドナルドで待ち合わせて
そのひと、Mさん(日本人女性)とタイ人のだんなさんと息子さんに会った。
息子さんはとても元気でいきなりぼくのひざに乗ってきた。
彼はタイ語と日本語がペラペラだ。
ショッピングモールでコンタクト液を買うのにつきあってもらったあと、
車で、おいしい店に連れてってもらう。
で、いままで食べたこともないようなものを「おいしい、おいしい」と食べた。
おいしいのはよかったのだが、食べてたら擬似の歯を差し込んでるのが
ぽろっと取れた。
うわー、取れてもーた!歯医者いかなあかん。
その後、Mさん一家のおうちへ。
広い一軒家で快適に過ごす。
ぼくは持ってったウクレレで歌をうたった。
だんなさんのKさんが「リラックスする~」とほめてくれた。
で、そのあと、散歩してたら歯医者を発見。
入って、Mさんに通訳してもらいながら歯をくっつけてもらった。
しかも、がっちりと。よかった。
Mさんはタイ語も英語も話せるので、タイ人の医師との架け橋になってくれ、
めちゃくちゃ助かった。
そのあと、Kさんが車を運転してくれてバンコク名所めぐりをしてくれた。
ずっとカオサンにこもってるぼくにとって、
タナボタのようなできごとだった。
それでぼくは夕暮れのワット・アルン、ワット・ポー、ワット・プラケオを
目撃することができたのだ。
夕食にはタイスキ屋さんに連れてってもらった。
そこでも大量においしいものをごちそうになりました。
最後に車の中でもちょっと歌った。
それでカオサンに送ってもらってバイバイ。
いやー、いろいろ楽しかった。
どうもありがとー!



そんで今はまたカオサンで徒歩でうろうろしてるわけです。
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by kazeture | 2009-04-20 19:34 | Comments(0)

最大の難関、現る

この旅の中で「最大の難関」がお目見えした。
また、思いもよらない角度から、そいつはやってきた。

それはカンボジア・シェムリアップでの滞在の最終日のことだった。
シーモンは香港に帰り、ぼくも連れのO君も翌朝にはそれぞれ別の場所に
旅立って行く、という…最後の夜の出来事だった。

カンボジアの正月がはじまり、
なんとなく浮き立ったような雰囲気の夕暮れの町を歩く。
いつものようにオールドマーケットの飯屋で食べる。
それから、マーケットで絵葉書や布を少し物色する。
絵葉書はやっぱり「バイヨン」のものばっかり買う。
カンボジアの布は素朴な、それほど装飾的でないものが多く
わりと好ましい。1ドルで紺色のちっこいのを一枚買った。

で、そのあとナイトマーケットのほうに移動した。
そこに、やつらは待っていた。

ドクター・フィッシュ。
ぼくらの足の何かをついばんで取ってくれるという魚たちである。
「フィッシュ・マッサージ」という名前が付いてて、
ぼくらはそれをこの前から気にしてたのだ。
それが、このときは正月ということで
3ドルが2ドルに値下げされてたのだ!
ぼくらはそれに飛びついた。
15分で2ドルだ。

さっそくぼくとO君は「やりまっせー」と告げる。
係の兄ちゃんが足を拭いてくれる。
そんで、なにげなく水面に足を落とす…
や、いなや、群がり寄るサカナ、サカナ、サカナたち。
何十、何百、何千という小魚たちがぼくの足の裏やかかと、足の甲
などにうじゃうじゃうじゃうじゃ吸い付いて
つんつんつんつんついばんでいる。
「う、うわあああああ!気持ち悪い!!」
「うわおえあえあおういああああ!」

ぼくは自分が極度のくすぐったがり屋だということを
ころりと忘れていた。
くすぐったがり屋かどうかがこの場合特に重要だということに
気づかないまま、この小魚クチュクチュ地獄に
何も考えずに足を突っ込んでしまった。

それはもうほんとに耐え難いくすぐったさで、
どうしても我慢できなかった。
ぼくは水面上に足を出した。
一方、となりのO君は「きっ、気持ち悪い」と言いながらも、
耐え続けている。
これに耐えられる人間がいるということが信じられない。
しかし、ぼくは自分がこんなことにも耐えられないのかと思うと、
ちょっと情けないような気もした。

それにしてもこのような「耐え難さ」は、
ちょっとここ数年体験していない。
拷問みたいなもんだ。
なんでも自白します!って気になる。

今回の旅でこれまでどんな部屋も、孤独も、不愉快さも、むかつきも、
耐えることができないというほどではなかった。
のに、これは耐えられないのである。
うーむ。
こんなことでいいのだろうか。

また、そろそろと足を入れる。
と、襲い来る小魚たちの口。
ぼくの足は魚たちで真っ黒になるくらい埋まっている。
「うぎあー!」
死ぬ!
だめだ。
O君はわりとなんともなさそうだ。
さすが、サムライ…。

しかし…精神をいくら統一しようが、
無の境地になろうが、
このくすぐったさは無理なのでは?

こんなとこに難関が控えてるとはな…
「参りました」
と、神様に言いそうになったのは始めてから8分くらい経った頃だった。
言う寸前、ふと気づくと、大丈夫になっている。
平気だ。
あれ?もう大丈夫だ。
くすぐったいけど、耐えられる範囲だ。
なんだ?どうしたんだろう。
わからない。
けど、足を水面下にずっとつけてられる。

よかった、クリアしたぞー!
理由がぜんぜんわからないが、ともあれ、難関を突破することができた。
ほっ。

15分後、ぼくらの足は古い皮膚や角質がすべて除去され、
ぴかぴかになり、軽くなって、
足取りも軽々と歩き出した。


翌朝、O君はラオスとの国境方面に向けて旅立った。
9泊くらい同じ部屋で過ごしたなあ、
どうもありがとう!


ぼくは朝8時にバスに乗り込み、
アランヤプラテートという所からタイに入り、
バンコクへ再びやってきた。
暴動が起こったと聞いたが、
もうだいたい鎮静したようだ。
バスはカオサン通りの近くに泊まった。
カオサン通りは安宿街だ。
同じバスで知り合った日本人ふたりとカオサンへ。

街は、お正月、水かけ祭り(ソンクラーン)で熱狂していた。
これは12年前の同じ日に同じ場所で遭遇した。
みんなが水をかけあいまくり、
小麦粉を顔に塗りあいまくり、
大変な大騒動になっているのである。
ぼくらももみくちゃ、びしょびしょのどろどろになった。
おもしろかった!

さて、日本の人に教えてもらったゲストハウスに入る。
もうその日は宿でおとなしくしていた。

その翌日の今日は、
インドのビザを申請しにインド大使館に行った。
無事、申請終了。

いやー。それにしても暑いなあ。
次に向かう予定のネパールは涼しいのかなぁと想いを馳せています。
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by kazeture | 2009-04-16 19:15 | Comments(0)

アンコール ワット

カンボジアに入って、もう8泊している。
今日はこちらではお正月で、とにかく暑い。
今はシェムリアップという町にいる。
日本の桜は散ったかな?
桜の代わりにこちらではハスが咲き誇る。
ハスもいいよ。

カンボジアという国にはじめてやってきた。
はじめて会ったカンボジア人からは
陽気な感じが漂った。
首都プノンペンに3泊。
街はゴチャゴチャ雑然としている。
夜空の下の屋台メシはけっこう好きだった。
満月の下で食った。
サイゴンからのバスで
O君という日本からの旅人といっしょになり
部屋をシェアした。
O君もぼくと同じように乾電池式の
画質がイマイチなデジカメを持ってる。
なんか似てる。

O君と一緒にシェムリアップという街へバスで移動した。
着いて、トゥクトゥクの運転手が始めの交渉内容とは
違うことを途中で言ってきた。
ぼくは怒髪天を突いて怒る。
1ドルのことだった。
100ドルだまし取られても真っ向勝負だったヤツには
ぜんぜん腹が立たなかった。
1ドルでも嘘つき野郎には怒髪天。
それでいやな気分になった。が、その翌日
おもしろいことが起こった。

友人のシーモンがやってきたのだ。
シーモンは高校の同級生で仲の良い友人で旅の仲間でもある。
いまは香港に住んでいる。
シーモンと日程を示し合わせてここシェムリアップで落ち合った。
「おっす」と、いつもどおりの挨拶で合流。
O君も混ざる。紹介する。
ちなみにO君はサムライに似ている。
3人で一部屋をシェアしてゲストハウスに泊まる。

シーモンといろいろな面白い話をする。
シーモンはカンボジアの街で非常に面白そうにしている。
それを見ていると面白かった。
シーモンは5日間の予定の旅であり、
ぼくらとはスタンスが全然違うのでその面白がりようが
おもしろいのである。

翌日、ぼくらはチャリンコでアンコールワットへ行った。
3人のチャリンコキャラバン。
アンコール・ワット、アンコール・トム、タ・ケウ、タ・プロームといった名前の
遺跡群をめぐる。
アンコール・トムの中の「バイヨン」という遺跡が
すごくよかった。
行ってよかった。
20ドルかかるが、行く価値はあった。
ぼくは最近、遺跡とか世界遺産とかにそんなに興味はない。
で、なにげにアンコールワットに行ったのだが…
バイヨンにはなにがあったのだろう?
なにかしらないが
その日ぼくは帰ってからもずっとボーーっとしていた。
そして「バイヨンよかったなー」とだけつぶやいていた。
ちなみにシーモンもバイヨンが気に入り、
家族みんなと自分用にバイヨンTシャツを買っていた。

シーモンと一緒に4泊を過ごした。
いろんなことを話したり見たり食べたり笑ったりして
たのしかった。
シーモンありがとう。
彼は今朝香港へ帰って行った。
シーモンとは香港、モンゴルに続いて
アジアの街角で待ち合わせて会ったわけだが
次はどこで会うのだろうか。

いろんなことがやってくる。
今日はお正月がやってきてるし
暑さもやってきてるし
いやなやつも楽しい友達もやってくる。
窓なしの息苦しい部屋で寝付けず悶々とする日も
チャリンコキャラバンで爆走する日もやってくる。
桜の代わりのハスの花がやってきたり
理由のわからない引きつけられ方の遺跡がやってきたり
日本人の旅人や
街で行き交う中国人や国籍のわからない旅人たちも
やってくる。
いろんなことがやってきて、
そして過ぎ去る。

ぼくは自分がどんどん毎日変化しているのを感じる。
昨日はいやだったことが
今日はいやじゃなかったりする。
この前はさみしかったのに
今日はさみしくなかったりする。
目の前にあるものの感じ方が
変わって行ってる。
変わり続けてる。

いやなことは過ぎ去ってしまえばかすかな面白い思い出。
この暑さの中でこの流れの中で
一定のものを保持するほうが難しい。
一定のものを保持するのは正しいことか?
そんなのはわからん。
すべてが溶けていく。
シェムリアップの日なたの路上で。
そんな感じの今日だ…

明日はタイのバンコクに向かうよ。
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by kazeture | 2009-04-14 16:20 | Comments(2)

10000円をオッサンに進呈!

昨日、10000円をベトナムの見知らぬオッサンに進呈しちゃったョ!

毎日毎日アジアの街頭で20円とか50円とかを節約しようとして
四苦八苦してるぼくが、
まさか…!?

その、ことの顛末を語ろう…。



昨日、宿をチェックアウトして時間があったので公園にいた。
サイゴンの安宿街の近くには緑の多い公園がある。
ぼくはそこでフランスパンサンドとバナナシェイクを食べて飲みながら
憩っていた。
食べ終わり、眠くなってきたのでベンチに横になった。
木陰は涼しく、気持ちいい。ウトウトしてきた。
そのとき、婦人警官がやってきてぼくに向かって鋭く
「○×△□!」
と叫んできた。ベトナム語だ。
「ふわ?なに?」
「○×△□!!」
どうも、「寝るな」と言ってるらしい。
いたって心地よかったぼくは承服できない。
が、若い婦人警官(短髪で、バイクに乗ってる。メットはかぶってない)
があまりに怒ってるので牢屋に放り込まれても困る。
ぼくはのそりと起き上がった。
それでよろしい。というように彼女はうなづいて去って行った。
むう…威張ってんなあ、警官。メットはかぶらんでもええんか?

で、なんか不愉快な気分になり、ベンチの上で
モゾモゾしていた。
そこに、愉快なオッサンが現れた。
小太りで、汗をかき、
「あいやー、暑い、暑い。ここ、座ってもええか?」
と、言いつつ、答える前にもう座っている。
ぼくの座ってたベンチは3人がけで、ぼくは端っこにいて、
逆の端にオッサンが座ったのだ。
その瞬間ぼくは「なんやこいつ。あやしいな」と思った。
外国人旅行者にフレンドリーに話しかけてくるやつというのは怪しいものだ。

「あんた、どこから来たん?」
「日本」
「日本か!あんた、ベトナム人に似てるなあ。ベトナム人かと思ったよ!」
「あっそー」
(じゃあなんで英語で話しかけたんや?)
ぼくははじめ、こういうときの常で、たいへん無愛想にしていた。
オッサンはひるまず話しかけてくる。
「名前はなんていうの?」
「さやか」
「そ、さ、さやくぁ?」
「うん」
「さやか?タナカじゃないのか?」
「タナカじゃない」
「タナカって日本のレスラー、強いなあ」
「タナカってレスラー?知らんで」
とか、話してるのだが、おっさんの表情がおもしろい。
目を剥いたり、下唇を突き出したり、ふくらんだ下腹をゆすったりたたいたり、
コメディアンのように面白い。
ぼくはだんだんと、このオッサンにちょっとぐらいつきあってもいいかと
思い始めた。(婦人警官がいやだった影響もあった)
真昼間の公園だ。危険もあるまい。

オッサンは頭からだらだら汗を流し、
「暑い、暑い」と言っている。
「わたしの名前はジュリー」
「ジュリー?」(なんかかわいいな)
「さやか、どこから来た?トキオか?」
「いや、キオトや」
「キオト?トキオとキオトはちがうのか?」
「違う。トキオ、キオト、オーサカ」
「ほう。さやかは結婚してんの?」
「してへん。」
「ガールフレンドはいるのか?」
「い~や、いない」
「え?ほんまか?」
「うん」
「ウソやろ?あんためっちゃハンサムやし、いるやろ!」
「うるさいな、おらんっつーの」
「ウソや!4、5人いるやろ」
「うるさい、俺はひとりポッチや。たったひとりで闇をゆく小さなホウキ星みたいなもんや」
「そっかー。で、日本ではなんの仕事してんの?」
「工場で働いたりとか」
「おー、グッド。工場グッド」
「え?工場がグッド?」
「うん。いくらくらいになんの?」
「月、2000ドルくらいかな」
「に、にせんドル?」
「うん」
「わたしはサイゴンでエレクトロニクスの仕事をしているが、200ドルくらいや。いいなー、日本に行きたいよ」
「でもそのぶん物価も高いで」
「あんた、英語うまいなー」
「え??俺の英語?うまい?」
ぼくは自慢じゃないが、一生懸命「えいご」を話してるつもりが、
バリ島の十代の女の子から
「すいませんけど英語で話してもらえますか?」と言われたり、
まったくのカタコト、どうしようもない英会話力なのだ。
「あんた英語うまいわー、スローリーでわかりやすい」
なんか、思いもよらぬことを生まれて初めて言われて、
いい気分になるぼく。

「わたしには妹がいて、もうすぐ日本に行くねん」
「あっそー」
妹(あるいは姉)がいて、もうすぐ日本に行くからどーのこーの
というのは、日本人が被害に遭う犯罪の模範パターンである。
また急速に無愛想になるぼく。
が、オッサンは携帯電話を取り出し、妹と話し出した。
「やあ、ハロー。いま、日本人といるねん」
(なんで妹と英語で話すのか?)
オッサンが電話を渡してきた。話すぼく。
「あ、こんちわー」
「コン二チワ、ワタシハナースをシテイテ、モウスグ日本に行キマス」
妹さん(と思われる女性)が電話の向こうでしゃべっている。
「あ、そーですか」
「ソレデ明日、マチアワセテ会エマセンカ?」
そうゆうのはやばいかもと思い、断った。
「ソウデスカ、残念デス。デハ兄トカワッテクダサイ」
ジェリーは妹と話し、切った。

今思うと…
ここが、ポイント、分岐点だった。
怪しむか信用するかの分岐点。
ぼくはそのとき、会おうとしてくるからには
友達っぽい感じかな…と思ったのだ。
この兄妹はぼくと友達になろうとしてるのかな、
と、良いように解釈したのだ。
兄妹まとめて、友達気分になった。

その後、オッサンは
「両替しないか?」と言ってきた。
「両替?」
そのときぼくは、もとから、両替する必要があった。
ぼくの持っている1万円札をドルに変える必要があったのだ。
ちょうど、そういう必要を感じてたぼくの前に
「あんたの円とわたしのドルを交換しよう」
と言うオッサンが現れた。
それでぼくは「これは、流れだ。乗ればいいんだ」
と、思った。

それで1万円札を出し、オッサンの100ドル札と交換した。
レート的に言うと、1万円は95ドルくらいだが、
ぼくは間違えて「111ドルだ」と言った。
するとオッサンはその11ドル分はベトナムドンでくれた。
ぼくはもらった札をそのまま財布にしまった。

それからほどなくしてオッサンは、
「仕事があるから」と言って去って行った。
最後には握手もした。
ぼくは両替屋に行かずに両替がすんでよかったとほくほくしていた。

オッサンが去って5分経ち、ふとオッサンの100ドル札を見てみた。
くるっとひっくり返すと、裏に、「NO VALID VALUE」と、
斜めに印字されてる。その意味は…
「無価値」
血の気がサーーっと引いた。
にせ札だ。
やられた…のか?
やられた…んや!

5分…ぼくは立ち上がるとオッサンが立ち去った方面に向かって
小走りに走った。
でも、まあ当然ながら姿は見えない。
どこかにすっ飛んで消えてるのだろう。
オッサンが物陰からぼくを見て笑ってるような気がした。



これがぼくがオッサンに10000円を進呈するに至った顛末だ。

それが発覚したとき、不思議と、あまり腹は立たなかった。
呆然としたし、ショックは受けた。
なにしろ今のぼくにとって10000円は大金だから。
でもハラワタは煮えくり返らなかった。

きれいに、やられた。
きれいに技をかけられてやられてしまった。

すべては、オッサンと札を交換した瞬間に向かって
ものごとは進んでいたのだ。
ぼくは気づいてなかったが。
オッサンはその瞬間にぼくが彼を疑って札を点検したりすることのないよう、
はじめから最後まで死力を尽くしつづけてたのだ。
信頼させるように、すべてを運んだ。
おもしろくしたり、笑かしたり、おだてたり、ほめたり、女の子と話させたり…

これは、知恵比べの戦いだったのだ。
なのに、ぼくはその知恵比べの土俵に自分がのってることすら
気づかないまま、敗れ去った。

これでは、どうしようもない。

ぼくの責任だ。

いや、相手にも責任はあるだろう。
責任はあるのかも知れないが、
やつは暴力を使ったわけでも、嘘をつきまくったわけでもない。
にせ札かどうかを確かめるヒマはあったのに、ぼくがそれをしなかった。
やつはそれほどまでにぼくを安心させることに成功したのだ。
怪しむに足る要素はいろいろあった、というのに。

白昼に、目の前で繰り広げられた
パフォーマンスだった。

はじめは、警戒していた。
その、はじめの感覚はやはり、間違ってなかった。

ちなみに、ぼくは、こういう人をだますというようなジャンルについては
幼稚な感覚しか持ってないような気がする。
だまされやすいのかもしれない。ツボにはまると。



さて、期せずして10000円を失ったぼく。
10000円が流れ去り、同時にほかにも流れ去ったものがある。
「こだわり」だ。
「石にかじりついても○×までは行くぞ」とか
「かならず1日1500円以内に抑えろ!」とか
「旅は○ヶ月するぞ」とか、
そういう、今までこびりついてたような
観念。

なにしろぼくは30円を倹約しながら小太り親父にポン!と10000円あげたりする
素っ頓狂な野郎なわけだから
なにがどうなるかわかったもんじゃない。
この先上下左右東西南北縦横斜め、なんだってあり。
なーーんもなくなることだって、あり。

ぼくは小太り親父に10000円あげることができるほどの
軽さを手にしたのだ…。



…と、まあ、ポジティブ気味に書いてみましたが、
やっぱり呆然とはしてますよー。腹が立ってないだけで。

あーあ。気をつけよう。

そのあと会ったNさんDくん夫妻とその家族たちには
ずいぶんお世話になり良くしてもらい
慰められました。
ありがとう!

今日お寺で引いたおみくじには「だまされるな」と書いてあったョ!

明日、ベトナムの愉快な思い出とともにカンボジアへ行きまーす。
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by kazeture | 2009-04-05 22:26 | Comments(0)

南国に激しい雨

昨日の午後、サイゴン中央郵便局に行こうと思って
てくてく歩いてると、
急にものすごい雨が降ってきた。
豪雨だ。
すんごい、降り方。
すごすぎて脳天から雨が流れ込み、
ぼくの脳内の記憶をほとんど流し去ってしまったほどだ。

みんなワーワー!と言ってどこかの軒下に駆け込んでいる。
ぼくもあわててバス停の屋根の下へ。
みんなでぼーーーっと待つ。
なかなかやまない。
1時間くらい呆然としていた。
まあ、そういうこともあんまり日本ではないね。
1時間たつと小降りになり、また歩き出した。
今回旅した中で一番の降り方だった。

で、記憶があらかた流れ去ってしまったんだが、
無理にほじくり出して書く。

ぼくは1996年頃にひとりで沖縄の八重山諸島を放浪してたのだが、
そのとき西表島の川でCちゃんという人と知り合った。
Cちゃんは大阪から女子大生二人組みで来てて、ぼくらは仲良くなった。
で、その後もつきあいは続き、
めでたく2006年にCちゃんは結婚することになった。
結婚披露パーティーが2006年4月1日に東京であるという。
そのパーティーで歌をうたってくれと、半年くらい前に依頼された。
ぼくはそれを承諾した。
結婚式で歌ううたか…と思って、
ぼくは一曲あたらしく作った。
それでできたのが「まちあわせ」である。

 君と僕は待ち合わせて
 道なき道あるきだした

…というやつ。
あの歌はぼくの体験から出てきてるが、
結婚するふたりに贈る歌でもあるのだ。

で、本番の日。
ぼくは京都から東京へ行った。
なんと、ぼくの順番はトリだという。
しかもぼくの前にはプロっぽいひとたちが3組くらい
並んでいた。どうなってんの?
Cちゃんは、なんかそういう友達が多いらしい。
Cちゃん自身も、ウエディングドレス姿でギターを抱えて
ボサノバを歌っていた。
客は、たしか200人くらいはいた。
立派な会場。
ぼくはスーツを着て水色のシャツを着て
青いネクタイを締め、ギターを抱え、歌った。

Cちゃんいがいほとんど知らない人、
という中でそういうことをするのに慣れてなかったから
ドキドキした。

その時、会場のぼくの隣の席にNさんという女性が座っていた。
ぼくがソワソワしてた(歌うため)のであんまりゆっくりとは
話してなかったと思う。
でも、そのNさんとはその後もマイミクしたり、つながっていた。

Nさんはフランスとベトナムが好きだと言っていた。
あるときNさんはベトナムに渡った。
ベトナムで仕事をしているという。
ぼくが気がついた時にはベトナムの男性と結婚し、
サイゴンに住み、お子さんを出産していた。

そのNさんに一昨日サイゴンで再会した。

カフェで会った。
だんなさん(Dくん)も来ていた。
カフェのテーブルで3人で向かい合う。
Dくんとは初対面だけど、違和感がない。
席につくとすぐ、改まった自己紹介も要らなくて
「うんうん、それで…?」と、話しの続きをはじめようよ、
というような気持ちが、ぼくはした。
異国ベトナムの人となのにそんなことがあるんやな、
と不思議だった。

ふたりは同じ店で働いてて知り合ったという。
Dくんの実家のそばに新居をかまえてるので
Dくんのお母さんが昼間は子供(生後11ヶ月)を預かってくれて、
Nさんも今は働いてる、という。

「チェーのおいしいのが食べたい!」
とぼくが言い、ふたりはバイクで市場に連れてってくれた。
チェーというのはぜんざいとカキ氷の間のようなやつで、
果物、実、ゼリー、寒天、餅、海草などなど、
多種多様な具が入っている。
チェーの前に「カニのスープがおいしいよ」と言うので
食べてみたら、すごくうまかった。
チェーもうまかった。
こういうのは地元の人に聞くのに限る。

そのあと、ふたりの家にも連れて行ってもらった。
小さい赤ちゃん・ランアンちゃんや、
Dくんのお母さんや家族たちに会った。
そのあたりはDくんの一族がいっぱい住んでいて、
みんなの中にいる、という感じだった。
お母さんをはじめ、みんなやさしい感じだった。

ベトナムという異国にひとりで行って
異国の人と結婚して暮らす、
というのはどういう感じなんだろうか。
大変なこともあるんじゃないか。
とか事前にぼくはいろいろ思っていたが、
「みんなのなかにいる」という感じなので
さびしくはなさそうやな、と思った。
日本で夫婦二人だけで子育てしてて
マンションにこもってる主婦、
とかよりも精神は健康に保たれるかもしれない。
といっても異国人の中にひとりなので
ストレスはいろいろあるだろうけれど。

お母さん特製のおかゆを夕食にいただく。
ベトナムのお袋の味!
すごくおいしい。
ベトナムでの暮らしぶりがいろいろ見れて
興味深かった。
帰りはDくんがバイクで送ってくれた。

バイクに乗せられて走ってると、
みんなが走りまくる中の一員になる、
という感じでおもしろい。
流れの中に入り込む。
車があんまりなくてバイクばっかり。
路上が生き生きしてる。

そんなわけでいろいろ面白い日を
過ごさせてもらいました、ありがとう!
(今日もお世話になります)

東京で一度すこしだけ会った人と
サイゴンでこうしてる。
不思議なもんやな…。
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by kazeture | 2009-04-04 13:02 | Comments(0)

サイゴン潜入

ベトナム南部のニャチャンという海辺ののんびりした町から
サイゴン(ホーチミンシティ)という大都会の
ど真ん中に、いきなり行った。

思えば3月12日頃にバンコクを出て以来3週間、
都会らしい都会には行ってなかった。
タイ北部もラオスもベトナム北部も、
すべてのほほんとした場所だった。

それがいきなりサイゴンの繁華街のど真ん中にバスは
突っ込んで行き、停まり、降ろされた。

夜だった。
光がきらきらきらきらしている。
ちかちかちかちかしている。
音はうるさく、バイクは走り狂い、
路面からなにかざわざわと音がするようだ。

そこで一瞬ぽけっとしていると、
闇の中から若いベトナム青年がサッと現れた。
「部屋さがしてんの?」
「あ、うん」
「部屋あるよ」
「いくら?」
「エアコンなしでもいい?」
「いいよ!」
「テレビなしでもいい?」
「もちろん!」
「じゃ、6ドル」
「6ドル?シングルで?」
「そうやで」
「シャワーは?」
「ついてる」
安い!
ぼくの集めた情報だと、
サイゴンは物価高でシングルだと10ドル以上も
しそうだったのだ。
で、ほいほいとついていった。

そこは旅行者たちが集まる通りの中でも
もっともど真ん中あたりだった。
その、喧騒の中を歩いていき、
若者は急に路地の中へと折れ曲がった。
なにも書いてない、なんの看板もない、
えらく細い路地だ。暗い。
そこをどんどん進んでゆく。
かなり奥まったところの一軒の家。
「ここだ」
若者が中に入っていく。
そこはどう見ても普通の家だ。
普通の家の、普通に生活してる中に
入っていく。家族らしき人たちがいる。
笑顔で迎えてくれる。
その2階に、部屋はあった。

ベッドがあり、扇風機は2つあり、トイレ・シャワーはきちんと
付いてる。汚くない。
狭いが、べつに問題ない。
「オッケー!」
決めた。
バスを降りて、3分後にはもうここに収まっていた。

値段が安くすんでよかった。
サイゴンでもそんなに金がかからずにやっていけそうだ。

そして、この、「間借り人」的な感じが面白かった。
間借り人というか下宿人というか、
ここで生活してる家族の様子を垣間見ながら
ひそかにぼくもここに混ざって暮らす、という感じが
気に入った。

この家の場所が繁華街のど真ん中にあり、
かつ路地の奥にあるので
あまりうるさくはない、というのも気に入った。

急にこの都市の底に潜り込んだみたいだった。
着くなりこういうことになって幸先がよい感じがした。

噂では、サイゴンにはこういう、きちんとした
ゲストハウスではないが「部屋貸し」をしてるところが
よくあるらしい。

さて、そのあと外に出てみた。
久しぶりの都会で、なんかドキドキする。
足の裏がモゾモゾする。
ので、夕食時だったが食堂に座り込む気にならない。
フランスパンサンドを買い、
食べながら歩き回った。
サイゴンのフランスパンサンドも、うまい。
旅行者、西洋人、東洋人、ベトナム人、
物売り、バイクタクシーの運転手、カフェの呼び込み人、
いろんな人がいろんなものを見たりいろんなことを言ったり
いろんなものを売ったり買ったり食べたりしている。
いつまでもぼくはぐるぐると歩き回った。

こうしてぼくはサイゴンに潜り込んだ。
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by kazeture | 2009-04-03 15:17 | Comments(0)