風に連れられ旅をする… 旅人 清火(さやか)の写真+言葉
by kazeture
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嘔吐と発狂

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2017年4月12日
ネパール、カトマンズの町で
僕はインドのビザを取ろうとしていた。

が、これが僕にとっては、ただごとでなく難しいのである。

事前に自分でパソコンを使って書類を用意しないといけない。
記入は英語だし、しかも時間制限があるらしく、モタモタしてると途中で時間切れになるという。
使われている用語が、ふだんパソコンを使っている者にしかわからないようにできている。

調べれば調べるほど、ふだんパソコンを使い慣れてる者にしかわからないようにできている、ということがわかってきて、ムカつき、吐き気がしてきた。

こういうのは嫌いだ…。

パソコンだとか、インターネットだとか、英語だとか、素早い動きとか、
そんなことができるヤツだけが偉いんじゃない。

この世の中には、いろんな人がインドに来ようとするだろう。ビザを取ろうとするだろう。

パソコンも、インターネットも、英語にも今まで全然触れたことなくて、のーんびりした、どこかの国の山岳民族のおばあちゃん。などもインドに来ようとすることはあるだろう。

そんな人が、パソコンなどが堪能な人に比べて、人としての格が下か?  っていうと、そんなことはないんだよ。

だから、いろんな人に対して、そういうものに触れたことがない人に対して、あらかじめ配慮する必要があるんだよ。

そのことが全然わかってない。

こういうのは大っ嫌いだ。

これで、インド行きをやめる人もいるという。

僕もやめたいと思った。

でも、行かなきゃならない。

なぜなら、インドには父親がいる(住んでる)から。

今回、母(日本在住)に、父(インド在住)に会ってきてと頼まれて、旅に出たのだ。

やめるわけにはいかない。

少なくとも、ビザごときでやめるわけにはいかない。

「うーん、うぅーんんん」と、カトマンズの安宿の個室でひとり吐き気を催しながら悩み苦しんでいた。

そして、ふと、思いついた。

ん?待てよ?

こんなふうな状態になってしまうのは、オレだけじゃないはずだ。

だとすると、そういう人らをケアする仕事の人がいるだろう。

そうだ。そうに違いない。

と、インターネットで調べてみると、「ビザ取得代行業者」の話が出てくる。

よっしゃ! これや。この人らに頼もう。

そして、僕はすみやかにその業者の店舗に行くと、
英語での書類作成を代行してもらい、
さらに、数日間の間に2回ほどインドビザセンターに行かなければいけないのだが、それも代行してもらい、
ビザが出来上がった時に受け取りに行くだけで良いようにしてもらった。

これに要するお金を払うのは、僕はべつに嫌じゃなかった。
むしろ、うれしかった。

それほどまでに、吐き気がこみあげ、インドビザに関わる時間を減らしたくてたまらなかったのだ。

ともあれ、これでうまくいった…はずだ。

あとは、9日後の4/21の午後5時にビザを取りに行くだけでよい。

やれやれ。



その夜、僕はカツ丼を食べに行った。

「絆」という日本食の店で、カツ丼がうまい。

そこで、日本人のふたり連れと出会った。

若者と、60代くらいの人だ。

この60代くらいの人は、大手企業の代表取締役の職を辞し、今はバックパッカーをしているという。

誰でも名前を知ってるような大手企業の代表取締役をしていたという(若者が教えてくれた)のだが、そういう風格を感じさせる人だ。

さて、その人に対し、僕が「インドビザ取りにくくて、嫌すぎませんか?」ときくと、

「うん!そうだよ。嫌すぎるよ。ワシら年寄りには難しすぎる。何度、タイムオーバーになってパソコンの前で発狂したかしれないよ!」という。

発狂。やっぱり、この人でも。

そうして、インドビザ嫌だ、嫌だ、気が狂う、吐き気がする、ムカつくと言い合っていたら、

たいへん気が収まってきて、

スッキリした。

そして僕はやすらかでなごやかな心地になって、ひとりの宿に戻り眠った。



藤子不二雄はふたりいた。藤本さんと我孫子さんだ。

藤本さんと我孫子さんは若い頃、漫画原稿がボツになるたびに「あの編集者には見る目がないっ!!」と、ふたりでケチョンケチョンに言い合うことで、スッキリして、支え合い、次に向かっていたという。

ふたりじゃなかったら続けていられなかった、と言っているほどだ。

それほど、味方の存在は重要なのだ。

誰かと何かをケチョンケチョンに言い合うことは、心の平衡にとって、重要なのである。

ということを思い知ったカトマンズの夜だった。

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by kazeture | 2017-07-08 15:57 | ネパール2017 | Comments(0)
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